一昨日から甥っ子が泊まりにきている。東京で行われているチェスの大会に参加するため。その会場に今日は家族で応援に行った。
東京、大田区池上会館。駅から、和菓子屋とか蕎麦屋とか軒の低い建物が並ぶなだらかな坂になった通りをいくと、本門寺という大きなお寺に突き当たり、その傍らの森の中に会場がある。木々の方に向かって伸びた屋外の階段の上で、楽器を傍らに置いた女学生たちが高い声をあげて遊んでいる。とてものどかな所だ。
会場で甥の父親と遭遇した。日曜なのにスーツを着ていた。東京に出張中らしい。控室で和菓子を食べながら、引退したばかりのイチローの話などをした。彼は僕の一才年上でイチローと同学年。出張期間中に東京ドームの試合を見にいったそうだ。この世代の人間は、社会に出た時期とイチローのキャリアが重なっている。「身体は鍛えられても、眼はなぁ」。
明後日から和歌山に行くと話すと、「釣り、連れてったろか?」と息子が訊かれた。「行きたい」。異様に細かい字で書かれた手帳を取り出し、来週の日曜日と決まった。
会場は屋上に上がると寺院の高台に出る。平らな敷地に墓地と五重塔があり、そばの展望台から町の景色が見渡せる。日暮れ時にその界隈を息子とデート。立ち入り禁止のロープを張った支柱に、珍しいグレーの素材が使われていて、それに気づいた彼に、墓石にあわせてるのかもね、というと彼も笑った。
展望台からはいくつかのビル群が見える。どれがどの町かを僕が尋ねると、彼にとっては当たり前のことを答える照れもあるのか、早口でぶっきら棒にしか教えてくれない。代わりに僕のスマホをぶん取って、パノラマ写真を撮ってくれた。そんな写真を見て、どれが川崎でどれが新川崎なのか、考えようとも思わなかった。ぞんざいな手つきのせいで曲がっている地平線や、欄干の線。その歪みだけが目に沁みていた。