運動会のために上京し、滞在最後の夜を迎えたおばあちゃんが、寝室から出てこられた。
「Sのこと思い出したら可愛すぎて寝られんようになった」
僕もそういうことありますよ、と答えると、少し驚いたような、我が意を得たりのような表情で、ある?と言われた。実は淡々とそう言った僕の方こそ、我が意を得たりの心境だったのだが。
一緒に行った花火大会を思い出して、その日のうちに、三人で花火を見上げた河の畔までバイクを走らせたこともある。今ここにはない温もりを求めて這いずり回るような女々しい気持ちが、自分だけのものではないことに親しみを感じた。
お義母さんは、いつかその気持ちを俳句に仕上げるかもしれない。

運動会。閉会式が引けたあとの校庭に、親と子どもが入り混じった吹きだまりがいくつか出来ている。一つの輪の中に、同級のSちゃんが妻を見つけてカラんでいた。大人の首にかかったネックレスを指で弄りながら、
「ねぇ、知ってる?〇ねぇ、リレーの選手になれなかったとき、凄く落ち込んでたんだよ」
もう一ヵ月前になるのかと思う。息子がリレーの選手から落選したときのことは、具体的な言葉のやり取りも、心に浮かんだ感想も、今はぼんやりとして、忘れかけていたことに気づく。というより、早く忘れたかったのかもしれない。人の心の中で、生きている限りはずっと燃えている炎を信じてあげることができずに、「また練習をすれば…」とか、恐らくそんなつまらないことを言った。それが違う、ということだけは言った直後にもはっきりと分かった。自分の中から出る言葉に自信が持てなくなり、考えを練り直すための反省材料として当時の出来事は消費されてしまっていた。妻も僕と似たような悔いを感じていたのかもしれない。「あの子に『悔しい』と言わせてあげられなかった」と顔をしかめて悔いていたから。
そうか、やっぱり悔しかったんだ。けれども、親の中の青二才が目に見えていたから、彼は「あ~、そう言えば今日、」と、あっさりとした事務的な口調で話を始めたのだと思う。情けない話だけど彼の戦略は結果、正しかった。

言葉は、今度は自然に出てきた。最後の校歌斉唱の指揮を、壇上からやり遂げたばかりのSちゃんのオーラにも助けられた。みんなの中の炎に触れて自然に舞った言葉だから、これでいいのだと妻は思った。
「そうなんだ~。Sちゃんから『来年ガンバれ!』って言ってあげて」
ややあって、親を見つけた息子が輪の中に入ってくる。
「ねぇ、〇。今〇のママから言われたんだけどね、『来年ガンバれ!』だって」
テメェ~~ッ!!

「この無限の空間の永遠の沈默は私を戰慄させる」(パスカル)。
 
夜の大空を見上げる目に映る、飛行機の遅さ、つまり空気の緩さ
星までの遠さを教わって知る、光の遅さ、この宇宙空間の疎らさ
光の点を媒介するこの空間の、暖簾のように間の抜けた緩慢が、
星だけでなく、私たちの気持ちをも守っている。
愛する気持ちの激しさが直ちに伝わってしまったら、
受けとる心は悉く焼け落ちてしまうだろう。

春にこのキャンプ場で、一家だけでの初めてのキャンプをしたとき、河の畔で遊ぶ子どもたちを見て息子が言ったそうだ。
「あ~ぁ、オレにも兄弟がいればなぁ」
それを聞いて、なぜかもっと一杯、焚火の扱いをさせてあげようと思った。状況は今更変えられないけれど、せめて、兄弟の平等を慮ってふつうは禁じられるようなことをやらせてあげたいと思った。体に火が着いたら川に飛び込めばいい、とでも言い添えれば、危ないということも分かってくれるだろう。
林間学校で習ったという薪の組み方はあまりに不格好だったけれど、一旦勢いのついた火は、薪も木炭も新聞紙も呑み込んで燃え上がる。炎が木を包むように覆い、しばらくして木が自身の内部から燃え始めるのを見届けると、新たな薪が運ばれる。ときには河原に落ちていた枝や雑草がこの儀式に加わる。
「この年で、これだけ火を眺めていられるのは大したもんだ」。去年の秋、初めて連れてきてもらったキャンプで、焚火の火を守っていた僕の友人がそんなことを言っていた。不思議な言い方だと思ったけど、火の扱いに長けた友人が、息子を、火を愛する同じ星の住人のように感じてくれていると思うとうれしかった。そういえば、僕が困窮して電話をかけたときにも、彼の傍らには薪のはじける音が鳴っていたっけ。
火を囲む人間の気持ちを悟って、隣の人に伝えてくれる、焚火の火のやさしさ。
じっさい、僕らはそのやさしさを借りてこんな会話をしたのだ。
「Mはもう、家族でのキャンプは厳しいから、自分用のソロテントを買おうと思ってるんだって」
「どうして?」
「K君、もう中学生じゃん。もうお父さんやお母さんより、友達と出かける方が楽しくなってきたんじゃないかな」
息子も知る友人の息子の例を引きながら、普段は言えないような説教風の教訓を込めたくなってしまったのかもしれない。お前も大きくなったらこの家から巣立っていかなければいけないよ。
けれども言いたいのはそんなことではなかった。なぜなら、この日一日、川のほとりに流れた時間はもっと根本的に充足したものであったから。夏の星座の空の下、焚火の火の光は、人の心をもっと透明にしてくれていたはずだから。
この後、妻とともにテントに入った息子は疲労を装ったお道化た口調で、親にとって決定的なことを言うだろう。
「育ててくれて、ありがとう」
「生んでくれて、ありがとう」
「結婚してくれて、ありがとう」
夕刻から夜半まで、あれだけ長い時間燃え盛っていた火が与えてくれたものを、僕は取り逃がしたのだろうか。火は金網の下に落ち、煙も上げず静かに、生命そのもののような光を放っている。残り少なくなった薪をそこにくべながら僕は願う。もう一度燃え上がって、言葉の代わりにこの想いを伝えておくれ!

招かれて、初めて東京に住む甥の家に遊びに行った。
あまり言葉が出ないから、その時の写真を眺めている。
青白い水族館の蛍光灯。同じ色に浮かび上がる妹と甥と息子と妻、そして魚たち。

準決勝。レフト側外野席。フェンス際に飛んだ当たりを、外野席から見えなくなるところまで追いながら二度もセーブした桐光のセンター鈴木。

旋風を起こした相模原はコールドで力尽きる。

僕の母親もつれて、神奈川大会の準々決勝に行った。

気温は33℃。スタジアムのスタンドに入った瞬間、覚悟していた以上の暑さと、遮るもののない日射しに足がすくんだと、後日母親が言っていた。そんな中でも応援団は元気に声を上げ、メガホンを振っている。試合に見入る僕らをおいて、妻はかき氷を買ってきたり、あまりトイレに行きたがらない母親に、攻撃の途中の混んでいないタイミングで声をかけ「一緒に行きませんか」と連れ立ってくれたりした。

試合は公立校相模原が横浜高校に勝つ大金星。けれど、応援していたのが横浜だったのもあって、息子のテンションはそれほど上がっていなかった。バアバとの直接の会話もいつもより少なく、あまり楽しくなかったのかな、と思ったけど、妻曰く、母ちゃんのケアがバアバにとられちゃうのを、あの子なりに我慢していたとのこと。