幼稚園のマラソン大会があった。年明けに続けてあった大雪で、マラソン大会は二回順延していたが、この日は前の日から降っていた雨が朝に上がって、やっと実施の運びとなった。住宅地を走る園児と車の見張り役として募集されていたボランティアをかねて登園すると、スタート地点となる園庭にはまだ水たまりが残っていて、先生方が柄杓で水を捌けさせていた。応援、観戦のために駆けつけた親御さんも多い。コースは、年少、年中、年長、それぞれの体力に合わせた長さの道順が住宅地に設定されていて、年末から年明けにかけて何度か皆で走って練習してきたらしい。先生が子どもたちに伝えていた合言葉は、「ゆっくりでもいいから、自分のペースでがんばって最後まで走ること」。そうはいっても、レースの実際はなかなか熾烈なものだった。年少組では、一位の子がぶっちぎりでゴールインして喝采を浴びる一方で、大人数の競い合いに怖気づいて出走拒否をする子、疲労困憊して涙を流しながら走る子。年中ともなると先頭集団の争いは、若い女の先生が本気で走らないとリードできないペースに達し、年長組はひそかに自主トレを積んできたのであろう両雄の火の出るようなマッチレースとなって、こちらが想像した以上の熱気溢れるイベントになった。先生の口から競争を煽るような言葉が聞かれるわけでもなく、お父さんお母さんも最後の子がゴールするまで絶やすことなく拍手と声援を送っていたが、do or dieの気迫で争われた上位陣の激闘、ゴール後の親子交えた歓喜や悲壮感には、幼稚園のイベントとしてはやや度を越した興奮が感じられたのも事実だった。
すでに幼稚園で突き当たるさまざまな局面で、互いの競争をテコの一つにして社会生活への適応を図っている子どもたちにとって、競争心は自然な感情の発露と言え、どんな親の元に生まれ、どのような環境の中で育ったとしても、競争心を一片ももたずに成長する子どもを想像することは難しい。息子にしても、幼稚園に通い始めてまず覚えてきたのが「一番」、「ビリ」、「勝った」、「負けた」といった言葉で、今でも家の中では相撲の強さから、皿に残っている食事の少なさまで、1・2・3の順位づけに余念がない。ほとんどの順位が(事実に合わなければ捻じ曲げてでも)自分、母ちゃん、父ちゃん、となっているのを見ると、順位は客観的な能力の序列を示すだけでなく、自分という中心から各人の重要度の位相を測る四歳児の世界観を表現しているとも考えられる。いずれにしても、わざわざ親が吹き込むまでもなく、競争心は、この時期の子どもにとって世界を見回す際に最もしっくりくる道具立ての一つとして、まさに自然に身についていくものなのではないだろうか。問題は、子どもがトランプ並べのように弄ぶ順位づけの先に、大人が別の価値体系を示すかどうかということで、そういう意味では、この日デッドヒートを繰り広げていた二人の年長さんに対する、彼らの母親の応援の仕方には見ていて少し切なくなるものがあった。力を振り絞って走っている横を、髪を振り乱す母親に併走されて、応援という名の金切り声を上げられ、結果二番に負けてしまった子は、家に帰ってどんな顔をして晩御飯を食べれはいいのだろう。他の子どもたちが、完走したというだけで褒められて暖かいときを過ごしているかもしれない同じ時間に。完走しただけで褒められた子どもたちは、その満足感とは別に、親があえて話題にしなかった順位を一人抱きしめながら眠りにつくかもしれない。俺は走るのは向いてないからお絵かきを頑張ろうとか、来年はラストでもうひと頑張りしてメダルを目指そう、とか。明日からの自分の行動を自分の責任で決める力を蓄えていくのはどちらの子どもだろうか。叱咤しなければ向上心を無くしてしまう、と考えるならば、それは現状の自分から類推された子どもへの不信であろうし、動機づけと称して、幼稚園のマラソン大会の結果の先に、親からの承認とか、競争的社会観などをぶら下げるなら、それは観念操作の暴力、親の地位に甘んじた傲慢でなくて何だろう。部屋の電灯を消して目をつぶった後に子どもの瞼の裏側に生じる闇の空間が、大人のそれよりもはるかに広く深いということを、親は忘れてしまうのかもしれない。