エアコンを取り外す、と話した時は泣いてしまったけど、前日作業員の方が工事をしている時は、配管が外され本体が壁から下ろされる過程を注意深く見守っていた。言葉が達者になり、ものの道理も分かってきたとはいえまだ幼稚園にも行っていない三才児。ほとんどの時間を母親と過ごし、自他の境界がまだ曖昧な子どもに、取り囲む風景の一新する引越しがどう映るのか。
朝、近所のママ友が冷蔵庫の中身を預かるという申し出をしてくれた後、浄水器の会社の方、続いて引越し会社の方がみえ、九時に作業が始まった。移動先は同じ敷地内の別の棟なので、前日に妻が話していた通り、管理棟から台車を借りてきて、息子は三輪車や車、段ボールに詰めた自分のおもちゃを自力で新居まで運んだ。作業員の方は五名。とても統率のとれた動きで、同じおまかせプランでも二人しか来てくれなかった前回の引越しの時よりはるかに手際良く作業が進む。それでも全ての家具の搬出が済んだのが三時。一時間の休憩をはさんで、搬入が終わったのは夜の七時だった。大人でもヘトヘトになる一日だったが、段ボールの積み上げられた居場所のない部屋で、作業の邪魔にならないように行動も制限された中、親の隙を見て作業員の方に話しかけ、「暗くなってきたから、もう寝よか」などと言って笑いをとり、ついにはトラックの運転席に座らせてもらうという特典までゲットしてしまうのだから、子どもの逞しさは見上げたものだ。
三人で新居のお風呂に入り、二人が出て僕が一人で湯船に浸かっていると、息子が脱衣所に戻ってきて「どお?入り心地いい?」と訊いてくる。「いいよ〜」と答えると、「ちょっか。ちょっか。ちょっかー!」と叫びながら廊下へ駆けていった。まるで家を買い、そこに家族を迎えた親の気持ちが分かっているかのようで、今思い出してもジーンとくる。
興奮した身体をバタつかせ、新しいお家の階数を何十回となく尋ねながら、灯が消えるように眠りについた。二人のときも楽しかったが、三人でする引越しがこんなに楽しいものとは。人々への感謝あるのみ。