ステップワゴンに乗ってドライブに行くといっても、行き先を決めるのは案外難しい。ここに住み始めて十年、車を借りたり、電車に乗ったりしてあちこち出掛けていたようで、考えてみると目ぼしい場所がほとんど残っていないのだ。かといって県外に足を伸ばすと、否応なく夕暮れ後のあの渋滞に巻き込まれる。そのことに気付いてしまった我ら家族のドライブ熱は早くも冷めつつある。今日、何とか目的地をひねり出せたのは、新車に対して何だか申し訳ないという一念からである。
湘南台文化センターの地下駐車場から地上に上がると、敷地の中央を蛇行しながら横切っている水の枯れた運河が目に入った。ここに来るのは何年ぶりだろうか。最後の不妊治療が四年前だからきっとそれ以来だ。冬の寒い時期に、クリーム色のダッフルコートがこの運河の川床を踏んだり向こう岸に立ったりを繰り返すのに、大人は凍えながら従っていた。一体何が面白いのか具体的には分からなかったけど、お金もかからずに時間をつぶしてくれるのはありがたかった。じっさい、運河の探索が長引いて建物の中に入らずに済ますことも何度かあったような気がする。
何度か?
それどころではない。最後の通院が終わるまで、数えきれないほどここに通った。産婦人科のあるこの駅の周辺では、時間をつぶせるところは決して多くなかったから、この文化センター、ダイエーにあったゲーセンをローテーションして、それでも妻の治療が終わらないときは踏切まで歩いて行って電車を見ながら「会計だよ」というメールが入るのを待っていた。大雪の夜も僕らは電車に乗ってこの町に来た。そして近くの公園で雪合戦をした。
施設の中に入ると、展示には入れ替わってしまったものもあった。岩山の上から下る滑り台はあったけど、滑っている子はずっと年少になっていた。蛇行するコースにビー玉を転がす遊具はなくなっていた(何に変わっていたか?もう今の展示は頭に入ってこない)。その遊具は一番下に鉄琴のように長さの異なる複数の金属が嵌めてあって、最後にそこをビー玉が駆けるとガラスのチッチッっという音と鉄のキンキンと言う音が同時に鳴った。その遊びを飽きもせず何十回も続けていたが、それを眺めている大人の方も不思議と飽きなかった。その時どんな考えが大人の頭を巡っていたか。それは案外、今と変わらなかったような気もする。このガラスと金属の接触が、世界と彼との仲を深めてくれるなら…
フロアを走り回っているのは、歩幅も小さく背も頭一つ分低い子どもたちばかりだ。そんな照れもあるのか、もう知ってるよという衒いなのか、今日の行き先の発案者は、のめり込むこともなく、旧知の景色の中を涼しげに周っていた。