内容は覚えていないけど、何か悪い夢を見ていた。そこから抜け出そうと藻掻いているとき、生身の額に誰かの手がふれるのを感じた。
「あ、Sくん。変な夢見てたかも。ありがとう」
「別に。オレも本読んでて、気になっただけだから」
 
ベランダに出ると町にヴェールがかかっている。きっとこのヴェールは写真には写らない。謀をした晦(月隠り)の神様と、人の目の他には。
 
年も明け、近くの神社へ。焚火にあたりながら静かに甘酒とお汁粉。沿道の若者の騒ぎ声も、パチパチと上がる火の粉に吸われていく。見上げると、光の弱まったベテルギウス、その代わりに冬の六角形が目立っている。
 
家に帰り、この年になってまだ母ちゃんにしてもらっている歯の仕上げ磨きの後、布団に寝転がっていた息子に突然「はーちゃんにキスされたことあんまないよね」と言われた。男親たるもの言葉と背中で示せば良しとしてきた信念が、つかのま雲のように晴れて「Sが赤ちゃんの頃はこうしてたけど」と、プロレスのダイビング・ヘッドバットの要領で倒れこんだ。「わぁ~、髭が~」
愛が足りているという意識は、本人が照れてるかどうかでわかるという話が本当であってほしい。