ニコン18x70の話の続き。
これより前に主力として使っていた双眼鏡はニコン16x56だった。手持ちで使える双眼鏡の倍率は10倍までという通説に逆らって16倍を手に入れたのは、当時宵の空に見えていた金星の満ち欠けをなるべく大きく見てみたいという欲求に加えて、ここにも書いたように、星の限界等級が口径だけでなく倍率にも依っていることをこのサイトで知ったから。実際、手振れの問題も含めきれいに見えるかどうかは脇に置いて、ある天体が見えるか否かに主眼を置くと、16x56のコストパフォーマンスはかなりのものだった。金星だけでなく、木星ガリレオ衛星や、それほど鮮明とは言えなくとも土星の輪も手持ちの状態で存在を確かめられたし、三脚に固定すれば、神奈川の空(肉眼で3.5等程度)からでもM3球状星団ぎょしゃ座のM36散開星団を捉えられる。持ち歩きにも不便にならないサイズのこいつを引っ掴んで山に海に連れまわす中で、どれだけ星見の楽しさを教えられたことか。
夏から冬まで夜ごと双眼鏡を空に向けていれば走査は一巡して、四季の天体のどれが見えてどれが見えないかの目途が立ってくるものだ。16x56に関しては、M47は見えてもM46は見えず、ぎょしゃ座散開星団もはっきりそれと判るのはM36のみ。M81は真冬の夜中にタチの悪い風邪を引くまで粘っても、あるべきはずの場所に露ほどの痕跡も見いだせなかった。どうやら視等級の6等辺りにボーダーがあるらしい。
それだけに次の機材に18x70を選んだのは一種の賭けだった。光学パラメータ上は、口径が1.25倍、倍率は1.125倍。限界等級の式に当てはめると、0.3等程度上積みしか見込めない。安くない投資をした挙句(結局妻の差し金で親からプレゼントしてもらったのだけど)、視認の限界がディープスカイを楽しめるボーダーの手前に落ちてしまったら目も当てられない。何でもいいからとにかく多くの天体が見たい、ということなら外国製の25x100等を選択すれば良い。これなら限界等級を1.2等程度引き上げられ安価に、かつ確実にボーダーは越えられるはずだから。
結論から言うと、18x70は観測可能な光円錐の時空を大きく広げてくれた。M47の東南には同視野にM46の白色の微光星が煌めき、ぎょしゃ座散開星団はM37もM38も星々が大気の揺動に合わせてゆったりと瞬いて見える。まるで蝶が吐いた溜め息のようではあったけど、都会のベランダから1200万光年先のM81の微かな光の染みが見えたときには、この無骨な金属とガラスの塊にフェティッシュな情愛めいたものを感じたものだ。16x56と比べると18x70の星像はより小さい範囲に収束しているように見える。この程度の倍率では個々の星に分解されない銀河はさておき、散開星団に関してはそれが見えるか見えないかは、星団の全体としての明るさ(等級)よりも、結局個々の星がどれだけ見えるかにかかっている。光学系の収差に関してはそれほど明るくないのだけど、これらの個々の星を点光源として視認するためには、限界等級の式にある口径と倍率の他に、光束がどれだけ中心近くに強く収束して輝度をあげられるかも重要な要素になっているのだろう。口径と倍率以上に、この小さな星像を実現している設計と組み立ての精度が、18x70の大きなアドバンテージになっているように感じる。