今日はヘマをやらかした。同じ誕生日の友達が二人遊びに来て、畳の間で駆け回ったり、友達にボクが良く知っている電車について教えてあげたりして楽しんでいたのに、途中から父ちゃんが参戦してきて、北側のベランダに隠れて突然顔を出したり、たばこの煙を窓に吹きかけたりするもんだから、ついはしゃいでベッドの上で飛び跳ねていたら、勢い余って転げ落ちて、口の上を椅子にしたたか打ちつけてしまった。転んで横倒しになったとき、とっさに自分で「だいじょうぶ!」と叫んだけど、この痛みはまったくもって尋常じゃない。口の中に生暖かい液体が流れて、鉄の遊具を舐めた時のような味がする。きっと血が出ているのだろうから、とりあえず母ちゃんのところへ行って、絆創膏を貼ってもらおうと思って「口の中にペッタンするよ」と言った。こっちを見るなり母ちゃんは顔色を変えて、「どうしたの?どこかにゴンした?」と聞いてきた。でもそんなことには答えたくないから、もう一回「口の中にペッタンするよ」と言うと、母ちゃんからは「○君、口の中にはペッタンできないんだ」との返事。どうやら絆創膏は口に中には貼れないものらしい。仕方ないから目を瞑って布団に突っ伏すことにした。遠くから、まだはしゃいでいる友達の声が聞こえる。母ちゃんも上から何か話しかけてくれているみたいだけど、正直何も答える気にはならない。何かを喋る気にはならないほど口の中はジンジンしているし、自分の失態のことなんてたとえ母ちゃんにだって知られたくない。こうやって黙って目を瞑っている間に痛みがどこかへ飛んでいけばいいと思って待っているのに、口の中は熱くてずっとドクドクしていて、何だか無性に情けなくなる。そうしているうちに向こうから父ちゃんがやってきて、「○君、さっきベッドから落ちたみたいだったけど大丈夫だった?」と聞いてくる。目を瞑っているからボクに言っているのか、母ちゃんに訊いているのか分からないけど、そうやってかまわれるのが本当に嫌だったから「父ちゃん、来ないよ!」と叫んでまた布団に顔をうずめた。そうすると母ちゃんはまた居間に戻って、友達の母ちゃんたちと話を始めた。「そうなんだ。泣かないなんて偉いね」とか「もっと上手く感情表現できるようになるといいね」とかいう声が聞こえてきて、ボクはそれは絶対に違うと思った。ボクだって変な夢を見たり、寝ぼけて訳も分からず不安になったりしたら涙が出てくることはある。母ちゃんだっていつも「悲しい時は泣いていいんだよ」と言ってくれている。でも今回の件はそういうことでは全然ない。誰に押されたわけでもなく足を踏み外したのはボクで、自分の失敗を泣いて訴えるようなそんな格好悪いことは絶対にしたくない。それに母ちゃんはボクが痛がっていることはもうとっくに知ってくれている。でもこの痛みはボクだけのもので、いくら心配してくれようと、母ちゃんではこの痛みを除けないことも分かっている。泣いたって仕方ない時に腹立ち紛れに泣き喚くなんて赤ちゃんみたいで、そんな情けない役回りはボクは絶対に御免だ。ドアが閉まる音がする。父ちゃんもどうやら部屋に戻ったようだ。しばらくこうやって一人にさせてほしい。それにしてもはしゃいでベッドから落ちるなんて、とんだヘマをやらかしたもんだ…
友達を駅まで見送りに行く時とその帰り道、息子が許してくれたのでずっと抱っこをしていた。彼がそのことについて考えているのかどうか分からなかったけど、僕らはそのことに触れず、友達を快く歓迎してくれたことへの感謝の気持ちだけを伝えた。親でも入っていくことができない、完全な自我の領域が息子の中に育ちつつある。たとえかける言葉が見つからなくなったとしても、親として今溢れるこの気持ちだけはずっと伝え続けていきたい。そんな想いで、抱っこする腕にぎゅっと力を込めた。