昨日は息子と同じ日に生まれた二人の友だちが遊びにきた。出産のために入院した病院で母親同士が知り合い、退院してからも連絡をとりあって毎年この時期に誕生会を開いている。みんな八才だから今年で八回目。友達は男の子と女の子で、男の子の方には四才になる妹もいる。
身体も大きくなってそれぞれ大人に対していっぱしの口も利いているけど、ベランダでプールをやることになり、やる気十分にバケツや洗面器をもって並んでいたのに、二、三杯であっさり飽きて、まだほとんど水の溜まっていないプールで遊び始めちゃったりするのはやっぱり八才だなという感じがする。日中、仕事部屋にはそんな八才たちの立てる物音がひっきりなしに響いてきていた。覚えたての『第九』のメロディーをぽろんぽろんと何十回も奏でる女の子のピアノの音。「三振、バッターアウト!」などと実況しながら野球盤を挟んで向かい合う男の子。リスのように機敏な子どもたちの掛け合い。
夕方になった。少し飽きの見えていた男の子(T君と息子)二人を連れ出して、サッカーをすることになった。初めは玉転がし程度でいいかなと思っていたら、「オレ、サッカーめっちゃ上手いぜ」とT君がのたまい、「この人、オレ一人でも勝てるときあるよ」と息子にdisられて考えを改めた。T君と息子を相手にガチ試合をすることにした。二人とも地元の学校ではリレーの選手で、体力測定のシャトルランでもそれぞれ学年一の記録を出し健脚には自信を持っている。だからこその発言だったのだろうが、それを聞いて生意気だから懲らしめてやろうと思ったのではなく、単純に「負けたくない」と思ったのだ。男同士のプライドを刺激する感情的含みが二人の言葉の中にあった。
開始早々に二人の間をドリブルで突破して立て続けにゴールを決めた。
「よっしゃーーー!!!」
挑発に聞こえるかもしれないけど、素直に溢れる感情を表現することを選んだ。すぐに子どもたちの表情が変わった。
T君は、息子にゴールキーパーをやれ、と指示を出して役割を固め、自分は単騎で僕に向かってきた。僕自身はそれほどサッカーが上手い訳ではないけど、子どもと比べると足も長いし体もデカいのでボールのキープ力は高い。フィールドもT君よりはよく見えているので、彼のディフェンスポジションの狂いに合わせてすぐに前に出ることができる。息子がキーパーをしているゴール前に飛び出してシュート。さらに1点。けれどもT君、諦めずに歯を食いしばって向かってくる。瞼が落ちて、涙を怒りで封じ込めたような顔で執拗に足元に喰らいついてくる。ゴールを守る息子も同じ表情をしていた。同年齢の子の挑戦を振り払う大人は、いつもの父ちゃんではなく敵だったのだろう。そしてそこに挑んでいく友達を応援して自分も一緒に戦っていたのかもしれない。一度、シュートを打った際に足の芯で捉えすぎ、火を噴くようなシュートが息子に向かって飛んでいったことがあった。足を振りぬいた瞬間に「しまった」と思った。子どもの頭部に当たったら流血必至、腹に受ければ嘔吐必至である。バッチーーンという音が公園に響いて、キーパーが膝か腿でボールを弾いていた。
夜になってから、T君のお母さんから妻宛てにメールが届いた。これが嬉しかった。「Tは『S君パパ、サッカー上手かった』と言っていました。パパさんとのガチンコサッカーがとても楽しかったようです。ありがとうございました」。でもよく考えてみると、昨日の自分は大人として子どもと遊んであげたのとは少し違っていたと思う。ドロドロに溶けて永く地中に埋まっていた何かが目覚めていた。
試合が終わって、互いに距離をとり、座り込んでいた三人。三人の目の中に光っていた炎。