先月末から陥っていたひどい不安障害の発作からようやく抜け出して小康状態に落ち着いている。小康状態とはいっても、二十年近く僕はほとんどずっとこの状態であったし、そしてこの状態こそがどん底にいた頃に自身が望んでいた状態なのだから、僕は大方満足している。自分のような人間の元に生まれた息子は世界一不憫だという歪んだ思考が増悪して心を占領するようになり、彼のことを可愛いと思えば思うほど、底知れぬ不安と罪悪感が身体を捕らえて離さない時期が続いた。三人で妻の実家へ帰った後、ひとあし先に自宅へ戻り一人で仕事をしていたとき、僕は可愛い息子が帰ってくることが怖くてならず、恐怖のあまり椅子に座ったまま何時間も身体が動かなくなってしまった。意を決して這うようにたどり着いた病院で医者ははっきりと「あなたの奥さまもおっしゃるように、完治はありえません」と言ってくれた。これは十六の頃から分かりすぎるほど分かっていたことではあったが、学業を終え、仕事を軌道に乗せ、愛する人と結婚し、子どもに恵まれた三十五の中年になるまでは、個人的になかなか受け入れることの難しい現実だった。今回は投薬と並行して、禁酒と禁煙も取り入れた。空腹や眠気、運動による疲労に加えて、酒やタバコによる酩酊感が、発作時の不安定な感覚を想起させ、それが引き金になって不調が呼び起こされることが続いていたためだ。現在の体調を考えると再開しても問題なさそうではあるけど、せっかく禁断症状が全くない状態にまでもってこれたので当面は続けてみる予定だ。多くの人と同じように僕にも薬の副作用に対する不安があることは否定しない。けれでも実験的に一日二日勝手に断ってみた感じでは特に問題はなさそうではあった(ちなみにこのような自己判断による薬の増減は厳しく禁じられている。精神科においては、病状の正確な把握とそれに応じた薬量の調整が治療のキモになっているので、素人考えで手心を加えることは、専門家による判断に重大な狂いを生じる恐れがあるからだ)。むしろ一定レベルの安全性が保証された薬の副作用を遥かに上回る向精神作用をもつ酒やタバコの影響について、これまでなんて無頓着だったのだろうと、われながら驚いているところだ。
十日ほど彷徨った真っ暗闇から抜け出せたことは、この身体とこれからも付き合っていかなくてはならない僕にとってまた一つの自信となった。この三週間の間にあったことをできる限り正確に思い出しながら客観的に記事として綴ることができれば、何かの切欠でそれを目にした同じような体質の人の役に立てるのかもしれないけど、まだ内省的になるのを恐れる自分がいて、そうすることができないのはとても残念だ。ここでは参考図書を一冊上げるだけに留めておきたい。ブルーバックスから出ていた『不安のメカニズム』という本で(今amazonを見たら中古本が5000円で売りに出されている。原書はClaire Weekesという人によって書かれた"Self Help for Your Nerves"でこちらは1235円)、不安や恐れに対処するための4つのメソッド(face, accept, float, let time pass)について懇切丁寧に解説されている。僕の症状はうつ病とは微妙に違うので、この方法論がうつ病に効くかどうかは分からないが、強迫観念(たとえば「常に元気でいなければならない」という自動思考)によってマッチポンプ式に呼び起こされる抑うつ症状に苦しむ人たちにとっては、この方法論に習熟して使えるようにしておくことの効果は相当大きいと思う。ただしこれは、あくまで顕在化した不安や恐れ、発作に対する対症療法としてのみ効力を発揮するメソッドなので、日常的・潜在的に神経を衰弱させるネガティブな自動思考(僕の場合は、不当に低い自己評価と、相補的な優越意識、それときわめて強い原罪感)については認知療法等で手当てしていく必要があると思われる。ちなみにこの本は、今の書斎の本棚に何組かある、2冊ある本の一つだ。片方は遠距離時代に妻が僕にプレゼントしてくれたもので、裏表紙には彼女の手になる愉快な絵と素敵なメッセージが書き込まれている。
今練習している曲。

  • The Six Little Preludes, 4th Little Prelude / J. S. Bach by G. Gould