秋の旅行に向けて自分なりに揃えた基本図書の中から、『遠い太鼓』を手に取った読んでいたら、いま取り組んでいるギリシャ語の教科書が、春樹様が旅行前に使っていたのと同じものであることがわかった。英語やフランス語などとちがって数があるものでもないので、この一致自体大して騒ぐほどのことでもないのだが、それでもちょっとテンションが上がって妻にメールで伝えると、「そりゃ〜負けてられまへんな〜」と素敵な返事が返ってきた。『遠い太鼓』には、渡欧中の夫婦での生活を伝える文章がいくつか出てくる。七時過ぎに起きて朝食は村上春樹が作る。十一時頃まで仕事、それから二人で町に買い物に行く。家で昼食を作って食べる。午後は仕事か釣り。夕食は六時頃で基本的に奥さんが作る。夕食が終ってからは、村上春樹は音楽と読書、奥さんは手紙を書いたりお金の計算をしたりして過ごす。読んでいると通勤の必要のない小説家稼業で、しかも外国での二人暮らしだから、お互いに面と向かっている時間がやはり多そうだ。そういう時間をどんな風に、どんな話をして過ごしているのかと探ってみると、奥さんが昨夜見た夢について話したり、村上春樹がオールド・ハーバーを舞台にギリシャ・トルコ間で戦われた海戦の歴史について話したり、港のカフェでコーヒーを飲みながらヘラルド・トリビューンを読んだりするのだそうだ。小説の中でもそうだが、どうも知的でカッコ良いことしか書かれていない。リアルの村上春樹は、奥さんと二人でいるときに覚えたての単語のテストなどを頼んだりしないのだろうか?「オレくらいの小説家になると語学の覚えも速いだろう?もともと言葉に対するアンテナが違うんだ」なんて恥ずかしいことを奥さんの前でのたまっていたりはしないのだろうか?絶対にしている、と考えるのが普通だろう。それが夫婦や家族というものであり、だからこそプライヴァシーは命に次ぐ優先度をもって秘匿されなければならないのだ。いつか盗聴して脅迫してやろうか…