土曜日。妻と息子は眼科の定期健診で市の反対側の町へ。二人を見送ったあと、もうひと眠りできるかなとそっと寝室に引き返そうとしたらジローに鳴かれた。留守番のことは頼んであって、本人も納得してケージに入ってくれたのだけど、僕が実は家に居るということはちょっとごまかしていて…。
気配で気づかれてしまった。部屋に戻るとグルルルルと噛みつかんばかりに喜んでくれる。
分かった、今日は今から君と二人で過ごす。
今日は瞳孔を開く本格的な検査があるらしい。薬を点眼したあと、瞳孔が開くまでの時間にパン屋さんで昼食をとり、午後からの順番に備える。それから車で帰って来るから家に着くのは夕方になる。二人の表情にはいつも、変わらない症状への安堵と一日仕事の後の疲労がある。
「視力は順調です。でも君には斜視があるからメガネをとってはいけないよ」
今日も同じことを言われたらしい。
「コンタクトはできるのかな」と寝る前に妻が聞かれた。
ふと、この頃一人で入ったきりやけに長かった風呂の時間のことを思い出す。思春期だし色々あるのかなと思っていたけど、眼鏡を外した自分の顔を鏡に映す時間だったのかもしれない。
「目の成長が終わったらできるかもしれないね」
「…」
「父ちゃんも母ちゃんも大学になるまでコンタクトしなかったから」
「…」
「愛してるよ」
「聞こえてる」
それから気を取り直して
「あぁ、明日のRIZIN楽しみだなあ」
ジローと会うきっかけを与えてくれた男が東京ドームでこれまでで一番強い相手と戦う。ジローには明日もお留守番をお願いする。