先々週立ち読みのために寄ったジョイナスの栄松堂が閉店していて(みんな立ち読みばっかりするからだよ、僕は二十年間してきたけど)、寂しくなってルミネの有隣堂に行ったらリニューアルオープンと称した売り場面積の大幅な縮小(みんなamazonばっか使うからだよ、僕もしょっちゅう利用してるけど)。さかずに危機感をもって軽いお布施のつもりで買ってきたこの本がなかなか面白かった。
数学ガール/フェルマーの最終定理 (数学ガールシリーズ 2)
整数の性質(大雑把にいうと可算、減算、乗算に関しては閉じているが、除算に関しては閉じているとは限らない)を抽出した代数的構造を環と呼ぶが、環には整数以外にも実例があって、例えば整数を12で割った余りの集合 F_12 = {0,1,2,3,4,5,6,7,8,9.10,11} に対して可算と乗算をそれぞれ mod 12 において(通常の可算と乗算の答えをさらに12で割ったときの余りとして)定義すると、これもまた環になる。この集合F_12を考えると、負の無限大から正の無限大まで飛び石状に一直線に続く整数列の抽象化がなぜ環(ring)と呼ばれるのかが見えてくる。0から始まって、1つずつ増え、11になってまた0に戻ってくる数字の列。すなわち、整数のミニチュアとしての時計の文字盤。
さて、可算、減算、乗算だけでなく除算に関しても閉じている(ただし零元は除く)代数的構造を考える。この構造は体と呼ばれるが、実際私たちが容易に思いつく実例、すなわち有理数、実数、複素数全体の集合はすべて文字通り、数直線上または複素平面上で稠密な体(field)を成している。では負の無限大から正の無限大まで稠密に一直線に続く実数列のミニチュアを考えることはできるだろうか。ここで整数をある素数、例えば5で割った余りの集合を F_5 = {0,1,2,3,4}とし、これに対してF_12と同様に可算と乗算を mod 5 において定義しよう。ここでF_5の零元を除く{1,2,3,4}には、それぞれ{1,3,2,4}という逆数が対応していることを確認しておく。この集合が除算に関してどのようにふるまうかは、除算が逆数による乗算であることを思い出せば容易に見通すことができる。例えば 3÷2 = 3×2^(-1) = 3×3 = 4。つまり集合F_5は加減乗除全てに関して閉じている。これは私たちが実数のミニチュアとしてたった5つの要素の集合を得ることができたということを示している。それどころか要素数pが素数個である集合F_2, F_3, F_5, F_7 ... も全て体となる。このように要素数が有限個の体は有限体と呼ばれる。有限体も立派な体なのだから、もともと実数体複素数体上で定義されていた曲線の有限体上でのふるまいを調べることにも当然数学的に重要な意味があることになる。
本書は最後に私たちにも計算可能な練習問題を用意してくれている。フェルマーの最終定理の証明に直接寄与したとされる谷山・志村予想の主張は、全ての楕円曲線はモジュラーである、というものだった。まず与えられたある楕円曲線のF_p上の解の個数s(p)を求めよう。次にその楕円曲線に対応するモジュラー(という無限積で表わされる関数)をqという変数上で展開し、qのp次項の係数a(p)を計算してみる。息の長い計算の後私たちの前に明らかになったs(p)とa(p)の間の驚くべき関係性は、現代数学の霊峰のごくごく幽かな姿を私たちに垣間見せてくれるはずだ。