地元の旧友と会うために妻がせっせと出かける仕度をしているときに、息子から携帯を貸してくれと言われて手渡した。何に使うとも言わずに黙って妻の携帯と合わせて畳の上に並べる。この忙しい時に、と妻に急かされながらハタハタと二つの携帯の画面を何度も叩くのを眺めていると、しばらくして彼の手元から喧しい音が流れ始めた。クレヨンしんちゃんの映画のテーマ曲で、今月彼が自分の小遣いを僕に渡してiTunesで落としたものだ。帰省中も聴きたいからと、録音機能を探し当てて携帯の中に入れてきたんだった。昔僕らがテレビの横にカセットデッキを置いて録音したときと同じで、一度録音された曲は音域が狭くなってうるさい。人の声だけが妙に浮き上がって、それが住宅の壁や家具に反響するのでますます尖って耳に障る。内心苦笑していた。その曲のことが好きで、それを人と分かち合いたいのだとしても、どうしてこの時間にわざわざ再度の劣化をおかしてまで僕の携帯に移そうとしているのか僕には分からなかった。自分にはそういう気持ちがないので、人の痕跡が人の心を見守るということへの信仰がなかったので、二人を見送って留守番をしている間も分からなかった。