初めそれは笑い声のように聞こえた。僕が仕事部屋に消え、再会のあとの一騒ぎを終えた甥と息子がテレビを見ている隙に、洗面所にひきこもった姉妹が秘密を分け合い忍び笑いをしているのだと思った。けれども声は似ていても、壁を通して聞こえてくるのは妹の方の声だけだった。そうしてその声は、上擦ったり引きつったりしながら10分経ち、20分経っても息を殺したような低い調子でずっと続いた。笑い声ではない。何か胸騒ぎを覚えながらドアを開けて様子を見に行く気にもなれなかった。後日、それはやはり妻の妹の泣き声だったと知れた。それも妻によると、何か悲しいことや辛いことがあって、というのでもなかった。年末に妻が退院してもう三ヶ月になるのに、それから何度も電話をして経過良好と伝えてあったのに、会って顔を見たら安心して、ずっと心配していた気持ちが崩れて止まらなくなったのだと。「良かった…、良かった…」。これだけで三十分。
あれは今年の三月のこと。もうそのときからも二ヶ月経つけど、ここ数日何とも言えない有難い気持ちで、壁から漏れてきたあの声のことを思い出す。