いつの間にか梅雨が明けて、幼稚園が夏休みに入った辺りから急激に蝉の音が騒がしくなった。サラリーマンの頃からそうだったが、この時期になると学生時代までの夏の過ごし方の記憶が呼びさまされて、仕事のルーティンは何も変わらないのにいい年をして気持ちが弾んでくる。夏の初め、自宅の周りの高い樹で鳴り始めた蝉の鳴き声は、今は駅の近くの灌木に移り、息子が友だちから分けてもらったカブトとクワガタが家にやって来た頃から、アブラゼミの合唱がジンジンと夜通し続いている。
日曜日は、チェスの大会のために日帰りで上京した甥に会うために羽田空港へ行った。僕だけ一時間ほど遅れて空港に着くと、妻と息子は展望デッキに陣取って夕刻の離着陸を眺めていた。以前、昼間に来たときには気づかなかったのだが、着陸した機体の後方へ目をやると、着陸の番を待っている後続の飛行機のヘッドライトが、空の消失点からポツポツと等間隔に並んで星界から降りてきた階段のように見える。ソフトクリームを食べながら待っているうちに、母子が到着して合流。ターミナルビルの中の焼き肉屋で肉を焼き、ビールを飲みながらつかの間の団欒。甥が力ずくで息子を抱きかかえ、兄貴分の意気を察した息子がなされるがままにはにかんでいる様子を見ていたら、大人たちも、子どもたちの前では話せない問題を胸の中にしまって、それぞれに別れていく決心がつけられた気がした。店を出るときに、レストランの黄色い看板が目に留まる。あれは、三年前苦しんでいたときに友人が駆けつけて僕の話を聞いてくれた店だ。
息子がとびひに罹ってしまい、彼は風呂屋と海水浴を楽しみにしているので、里帰りの予定が立たずにいる。その代わり、平日はひっきりなしに友達が遊びに来たり、遊びに行ったりで忙しい。この暑さの中で、細胞レベルからまき散らされる男子のエネルギーを受け止めている妻も大変だと思うが、この前ふと僕が発した「夏休みもあと三週間だしね」という言葉に、「えっ、もう三週間しかないの?」と言ったときの彼女の表情を僕は見逃さなかった。
「あれ、今ちょっと顔曇らなかった?」
「ふふ、なんだかんだ言って、蜜月なのかもね」
明日は恒例の町の夏祭り。夏の日は続く。