僕が数学で面白いと思うのは、自分の理解に不十分なところがあったり、先入観や誤ったイメージをもっていたりすると、文字通り一行も読み進めるなくなることがあるところだ。
今読んでいる代数の本に、
系: p を素数とし、ζ を 1 の原始 p 乗根とするとき、p-1 の約数となる自然数 q があるならば、ガロア群 Gal(Q(ζ)/Q) の部分群に対応する体があり、それは Q(η) と表される。
という系が載っていて、この証明の手順は、p が素数だから Gal(Q(ζ)/Q) は位数 p-1 の巡回群で、q|p-1 より巡回群は位数 q の部分巡回群をもち、ガロアの定理より部分巡回群に対応する Q のガロア拡大体があり、ガロア拡大は有限次分離拡大だからこれは単純拡大である、という流れで追えるのだが、さて、その η とはどんな数だろう、Q(η) はどんな体だろうという疑問が出てまる一日悩んでしまった。
疑問が解けた今となっては詰まった原因は他愛ないもので、僕のガロア群に対するイメージが間違っていたことだった。高校の時に、方程式 x^3-1=0 を満たす三つの解 {1, ω, ω^2} の間に、1・ω=ω、ω・ω=ω^2、ω^2・ω=1という関係があることを習ったが、三つの解が 1→ω→ω^2→1 と「巡回」するイメージがガロア群のイメージと重なってしまっていた。だから p=5、ζ を 1 の原始 5 乗根とするとき、方程式 x^5-1=0 を満たす五つの解 {1, ζ, ζ^2, ζ^3, ζ^4} はガロア群(巡回群)の生成元σによって 1→ζ→ζ^2→ζ^3→ζ^4→1 と「巡回」するような気になり、位数 q=2 の部分巡回群の生成元 σ^2 は ζ→ζ^3、ζ^2→ζ^4 のように写すのだろうと。η の Q 上の最小多項式の次数は (p-1)/q と一致するから 2 であり、σ^2 は複素共役な数の間の写像になるはずであるのに、ド・モアブルの定理より ζ^n=cos(2nπ/5)+isin(2nπ/5) だから、ζ と ζ^3、ζ^2 とζ^4 はいずれも複素共役ではない。これはどういうことなのか…。
正しくは、1→ω→ω^2→1 と解を「巡回」させる写像も、1→ζ→ζ^2→ζ^3→ζ^4→1 と解を「巡回」させる写像も、定義すれば σ(x)=x・ζ, x∈Q となるからそもそも Q 同型ではなく、したがって Q 上のガロア群ではない。Q 同型な写像 σ は例えば、σ(ζ)=ζ^2 と定義しなければならず、そうすると σ(ζ^2)=ζ^4、σ(ζ^4)=ζ^3、σ(ζ^3)=ζ だから、解は σ によって ζ→ζ^2→ζ^4→ζ^3→ζ と巡回し、σ^2 によって ζ→ζ^4→ζ、ζ^2→ζ^3→ζ^2 と巡回する。ζ と ζ^4、ζ^2 と ζ^3 はいずれも複素共役である。η とはどんな数だろう。σ^2(ζ+ζ^4)=ζ+ζ^4 だから Q(ζ+ζ^4)⊆Q(η)。ζ+ζ^4=(-1+5^(1/2))/2、2(ζ+ζ^4)+1=5^(1/2) だから Q(ζ+ζ^4)=Q(5^(1/2))。5^(1/2) の Q 上の最小多項式の次数は 2=(p-1)/q だから Q(η)=Q(5^(1/2))。これで Q(ζ)⊃Q(η)⊃Q、Gal(Q(ζ)/Q(ζ))={1}⊂Gal(Q(ζ)/Q(η))={1, σ^2}⊂Gal(Q(ζ)/Q)={1, σ, σ^2, σ^3} の包含関係が確かめられた。また、[Q(ζ):Q(η)]=|Gal(Q(ζ)/Q(η))|=q=2、[Q(η):Q]=|Gal(Q(η)/Q)|=|Gal(Q(ζ)/Q)|/|Gal(Q(ζ)/Q(η))|=(p-1)/q=2 であるから、体の拡大次数とガロア群の位数の一致も確かめられた。
普通の本の場合、こちらに理解できないところがあっても、きちんと定義されていない言葉が使われていたり、読者が共有していない価値判断が暗に混入していたりと、本の側に問題があることも多くて、僕に関しては他人の書いた文章を読む際の一番の負担が、その仕訳に注意を割かれてしまうことなのだけど、数学の本の場合は誤植でもない限り、必ずお前の理解の方に間違いがあるのであり、僕は数学が発するそんな明瞭なメッセージが好きなのだと思う。