宮古島へ行くことが決まってからも、息子にはしばらくそのことを話さなかった。あまり事前に教えても想像が現実を超えて大きくなりすぎるかもしれない、と考えた妻が、機を見て「飛行機に乗ること」、「海に行くこと」を告げたのは出発の二、三日前。息子の最初のリアクションは「ひこうきのんないよ」、「うみ入んないよ」というものだったそうだ。息子は一度おばあちゃんを羽田まで見送りに行った時、飛行機が曇天の雲に突入する光景を見てあっけにとられていたことがあったらしい。海だってまだ巨大なタンカーが行き交う横浜港の区画化された海しか見たことがない。「飛行機」に自分が「乗る」ということ、「海」に自分が「入る」ということが、彼には文脈的に突拍子のないことと思えたのかもしれない。それでも、彼専用のゴーグルを買って貰ったり、母ちゃんの水着を買うのに付き合ったり、旅行へ持っていく自分用の荷物(全部おもちゃだが)をパッキングしたりしている中で、その新奇な考えに前向きに彼なりに馴染もうと努力していたのだろう。当日の朝は跳ねるように飛び起きて、準備に追われる僕らを「はやくいこ」と急かすくらいに、期待の方向へ舵を切ってくれていた。
リムジンバスに乗って空港へ着き、スーツケースとベビーカーを預ける。息子はビニールの袋に包まれたベビーカーがキャタピラー状の台に乗ってカウンターの背後に消えていくのを最後まで見届けていた。彼にとってベビーカーはまだ、大人の携帯電話と同じく、心のお守りのような存在なのだと思う。身軽になってから、出発までの時間は屋上の展望台で過ごした。「ひこうき見たい」と言って金網にへばりついていた彼の飛行機を見つめる目は真剣そのもの。僕らがあれこれ説明する言葉に対しても無言で、次々と離陸する飛行機を眺めている。そうしてしばらくたった後、今度は「はやくのろ」、「はやくのろ」の大合唱。僕らの手をしきりに引くので、ゆっくり昼食をとるという目論見は崩れてしまったけど、親が自分たちの行きたいところへ連れて行くというよりは、これに乗って三人で海へ行くのだと彼が先導してくれているようにも思え、二人での旅行とは違った興趣を覚えながら、彼に率いられるように飛行機に乗り込んだ。
沖縄まで機内での二時間半は意外にあっという間。雲の上からの眺めに飽きた息子は、妻が用意した電車のDVDに夢中だったし、睡眠不足だった僕も小一時間ほど眠ってしまっていた。途中少し感動したのは、飛行機が揺れた時に息子が僕らを励ましてくれたこと。奄美大島付近に停滞前線があるため、到着まで揺れが予想されるからシートベルトは外さないように、という離陸後の機長からのアナウンスの通りに、到着まであと一時間というところで機体が揺れ始めた。これで僕は目を覚ましたのだが、どうせすぐに収まるだろうと思っていると揺れはどんどん激しくなり、周りで寝ていた人も皆起き始めた。窓の外は穏やかな雲海が広がっているだけなのに、突き上げるような揺れに何度も襲われる。終いには数十メートルは落下しているじゃないかと思えるような、これまでのフライトでは一度も経験したことのない揺れに変わり、足を踏ん張らないと胃の浮揚感に耐えられないまでになった。それで僕らが安全上何でもないことを示すために「わあ〜」とか「うぉー」とか声を上げながらわざとはしゃいでいると、息子は僕らの顔を見ながら「だいじょうぶよ」と言って笑ってくれたのだ。危なくないよと教えるだけじゃなくて、親としての気遣いを励ましてくれるメッセージのようにも聞こえた。
那覇で乗り換え、一時間で宮古空港に到着。この島の日差しはなぜこんなに強いのだろう。南国の島へ行くのは十年前のサイパン以来二回目だが、あの時は十一月でこれほど強烈に肌を焼かれる感じはなかった。今は真夏で確かに太陽は垂直方向から照りつけているが、光の入射角に応じた光量だけでは説明のできない苛烈さがある。地元の人によると、宮古島の紫外線量は北海道の七十倍にも上るそうだ。ホテルの部屋に着いて窓からのぞむ海の色には、島に川が全くないことによる水の透明度や、瑠璃色に透ける海底の珊瑚の他に、この暴力的な光の散乱を内に秘めた美しさが感じられる。荷物を置いて、お風呂に入り、夕食を食べてから海岸まで歩いた。ビーチサンダルを勧める僕らに反して、息子は靴下と靴を履いていくことを選んだ。未知の体験を前にして、履きなれた普段通りの装備で臨みたかったのだろう。この日は、引き潮が残す水の模様にタッチするところまで。ひと際高い波が来て、靴下までビショビショになって茫然としている息子の表情に、初めての海で海水を口に含んで渋い顔をしていた甥の写真を思い出していた。
あまりの疲れにテンションがおかしくなって、部屋についていた沖縄民謡のBGMのボリュームを最大に上げ、床についた僕らの傍らでそれに合わせてはしゃぎ回るというシュールな場面を演出して、ついに母ちゃんに怒られたところでバタンキュー。2000kmの長旅、本当におつかれさま。