いくつかの戦争記念日を経るあいだにまた真夏の暑さが戻ってきた。その一方で日は徐々に短くなる。西日が沈んだ後、茹で上がった蒸気が地面に堕ちてきて、蝉の鳴き声も止み、肌触りの良い湿った冷気がゆっくりと地表に広がっていく。各地でともされる灯籠がこの時間を選んで流されるように、この冷気にはそこはかとない死の香りが漂っている。花火が上がり、短冊や折り鶴をあしらった竹飾りが夜空に棚引いているあいだも、この香りが消え去ることはない。息子が寝た後の和室で、幾人かの死者についての話をしたあと、妻と並んで布団に突っ伏していると畳の香りがひと際強く感じられた。耳を澄ませばあの墓標のような岩山を並べた浜辺のせせらぎが遥か遠くから聞こえてくるような気さえした。死者は自ら遠ざかることによって僕らが忘れがちなものの多くを身近にしてくれる。その死者を忘れぬために各所で夜気の中で火が焚かれ、線香が燃やされる。真昼の熱気に満ちたうだるような生命感と、夜中の死を思う静やかさ。この二つを互いに含みながらお盆までの日々は重みある足取りで過ぎていく。