火曜日から妻の妹さんとその息子ちゃんがまた遊びに来てくれている。僕にとっては可愛い甥っ子であると同時に、去年秋の神経衰弱ゲームで完敗した遺恨の相手でもある。正直あれから家に帰って一人ひそかにトランプを引っ張り出して練習したりもしたのだが、脈絡ない絵柄をランダムに覚えるのは至難の業で自信を回復するには至らず。自分としては思い出したくもないし、向こうにもなるべく覚えておいてほしくないところだったのだが。妻はその日仕事だったので一人で駅まで迎えに行く。久し振りの再開で初めのうちはお母さんの影に隠れてはにかんでいたけど、すぐに慣れてくれてスーパーでの買い物中、僕の脚にしがみついたり股の下をくぐったりして遊んでいた。電車の見える道を通りながらゆっくり帰ってきて家に迎え入れた瞬間、僕を振り返って彼が発した言葉に一瞬耳を疑った。彼は「勝負のカードだ!」と叫んだのだ。そんな呼び方を聞いたのは初めてだったがすぐにあのことだと観念した。ああ、やっぱり覚えていたのか…。妹さんによると前回の勝利に味をしめて再び僕をカモにするべくバッチリ持参したきたらしい。彼が『勝負のカード』と呼んだ愛用のカードは、トランプとは違って25種類の野菜や果物の絵柄が2枚ずつ組になったもので、通常4枚組の数字を合わせれば良いトランプよりも大方の大人にとっては難しいと思われる。その日は本人が長旅で疲れていたこともあってなんとかなだめすかしに成功。睡眠をたっぷりとった翌日は朝から元気一杯だった。大人たちがお出かけ前の準備をしている間、待ちくたびれて元気を持て余している様子だったので、たまたま録画してあった『みんなの歌』の特番をテレビに流してみると、普段あまりテレビを見ることがないこともあってかすぐに興味をもっておとなしくなった。朝の陽だまりの中、うつ伏せに寝そべりながらアゴに両手をあて歌に合わせて足でリズムをとっている甥っ子の姿を、椅子に座った僕が後ろから目を細めて眺めている。信じられないことが起こったのはそんな時だった。歌は『だんご3兄弟』で、それまで醤油やこしあんを塗られたり、花見や月見をしていた一串の串団子の絵柄が、クライマックスの「だんご3兄弟だんご3兄弟だんご3兄弟」の連呼に合わせて、一瞬にして増殖し画面一杯に広がったのだ。彼が足の動きを止めて後ろを振り返るために体をピクンと動かした瞬間に僕もそのことに気づいた。テレビに映ったその光景と、直後に彼が突き付けた宣告は僕にとって悪夢のようだった。ゆっくり後ろを振り向きニヤリと笑みを浮かべながら彼は叫んだ。「勝負のカードだ!」。