電車内で口喧嘩が発生。始発電車のドアが開いたあとの混乱で帰宅途中の二人のサラリーマンの体が当たったようだ。現場を具に見ていた訳ではないのでどちらのファールなのか判断できないが、当人たちの言い分を拝聴するに、白髪交じりのベテランサラリーマンが急いで座席を確保しようとしたところ、通路を歩いていた四十前後の中堅サラリーマンの進路と交錯して激しく衝突したということらしい。動作中の接触プレーの場合、どちらの体が先に完全に進路に入っていたかが裁定の基準となるから、二人とも「俺が前を歩いていた」、「いや、お前が割り込んだんだろう」と主張をぶつけ合うが、互いに論拠に乏しく、また初めから譲歩するつもりなど毛頭ないのですぐに言うことがなくなってしまった。二人とも激しく興奮しているが、人間このような緊張状態にはそう長く耐えられるものではない。白髪君はすでに着席してしまっているので、中堅君はほどなくその場を立ち去らなければならない状況。つまり事態の収拾のボールは完全に中堅君が握っているという場面設定だ。皆が固唾をのんで見守る中、そこで中堅君が立ち去り際に言い放った一言がまさかの「うるせー、ジジイ」。さっきまで主張していた自らの正当性をかなぐり捨て、相手の人格へのダメージのみを狙った座布団0枚のこの一撃によって、さすがにうろたえたかと、と周囲が同情のこもった視線を中堅君から移すや否やのタイミングで、白髪君が間髪入れずに返した一言が「おめぇだって十分ジジイだろう」。捨て台詞による幕引きに失敗した上に一本取られた中堅君、一瞬ひるんだ表情を見せた後、「あ、まあ確かに」などと言い残して頭をかきながら去っていってくれれば勝負も同体でその場も和んだのだろうねと後で奥さんと話したのだけど、座布団0枚男にはそんな機転を利かす余裕はなかったようだ。何やら聞き取れない憎まれ口を呟きながら泡を吐いて敗走していった。