沼津ICを下りてから市街地を抜け、港湾内のひどく荒れた海を横目に見ながら南下、崖と湾に挟まれた交差点で右に曲がると伊豆半島を外周する道路に入る。車の数もめっきり少なくなって、地元の軽トラックと外から来たRV車がのんびり走っている横を失礼して快調にワインディングを飛ばす。所々に漁港がありそこから海を挟んで対面の陸地が見渡せる。沼津の町が山の麓に抱かれる集落のように見える。道が徐々に狭くなるにつれて高度も上がってきて木立の隙間からのぞくと海が次第に眼下に遠くなっていくのが分かる。ここら辺から時間の流れが変わってきて、ああ自分たちは余所へ来たんだなという思いが少しずつ湧いてきた。夕日になりかけた太陽と、崖の肌の黒々とした緑、駿河湾の見るからに深そうな濃紺の海が一体となった自然の雄大さが心地よくて眺望が開けるたびにバイクを停めて空気を吸いたい気持ちに駆られる。が、宿へのチェックイン時間も迫っているので程々にして峠を上っていく。途中、『富士山と海が見られる喫茶店まであと700m』、『あと200m』、『すぐそこ』の看板が続いた後にロッジ風の建物が立っていて、停めてみるとなるほど、木々の間から海と富士山と空が、青色のスペクトラムの中に収まった光景が目に留まるが、太宰治なら「芝居の書割」とでも表現しそうないささかお誂え向きの景色。植木に水をやっていたマスターらしき人と目が合ったけど、写真だけ撮らせてもらって先を急いだ。伊豆半島の北西の突端にあたる大瀬崎を過ぎてから宿がある小土肥までの道のりはアップダウンの繰り返しになった。峠を下ると漁村があり、次の峠を越えると今度は温泉街があるという具合で、日も暮れ風も冷たくなってきてからの見通しの悪い起伏道は多少身体に堪えてくるものがあった。暗闇の中、突然眼が痒くなってきたのを我慢して走り続けて、宿に着いて見てみたら、プレパラートに挿まれていたかのような保存状態で小さな虫がきれいにまるまる出てきて、目は真っ赤になっていた。食事の用意が整った頃らしく、部屋に入って荷物を置き目を洗って早々に食堂に入っておいしい食事をいただく。食後は目の前の岬まで散歩。切り立った絶壁から見下ろす夜の海は、見方によっては吸い込まれそうな恐怖を感じないではないけど、波音を聴いていると時間がたつのを忘れる思いがする。静岡か焼津だかの街の光によって微かに水平線の位置が分かる以外は黒の諧調とさざ波だけの世界。半永久的に打ち寄せる波と波の狭間には確かに生活世界とは違う時間が流れているのだと思う。