セラピーとしての解読

言葉のまるで通じない外国に行った人は、そこで強いられる疎外感に特別なものを感じるだろう。
ホームに並んだ電車の行き先が分からず、人にうまく訊くこともできず、とりあえず目の前に到着した電車に乗ってしまったり、食べたいもの注文できなかったり、発着の変更アナウンスを聞き逃してしまったり。レンタカー1台借りるのでもその苦労は海外では相当なものだ。ストレスフルなのは別にこのような明白なミス・コミュニケーションのケースに限らない。元気がないときには町全体から「ここにはお前なんか必要ないんだよ」と、声ならぬ声が聞こえてくることもある。社会に張り巡らされたコード(規則)の糸が、ピアノ線のような硬さと冷たさで自分を遠ざけ否認する錯覚。
こんな時、硬さと冷たさを媒介しているものは、主に文字であり、言葉である。
読めない食事のメニュー、地下鉄の広告、店の看板、往来するバスの正面に刻まれたヒンズー文字。これらは時に呪力すら感じさせ、黒褐色の少女の会話は耳を欹たせずにはおかない。
未知の言葉によって疎外され、疎外されるが故に固着する。
幾人かの若い古代学者が見せた古代文字解読への異様な執着は、学的達成・名誉の追求以上に、否認の傷を「読む」ことによって快復しようとする窃視症の変種と見られないだろうか。セラピーとしての解読。言語学・考古学の伝統的な手法を固持した重鎮たちを差し置いて、若い彼らだけが文字との和解を果たしたということ。これは、解読が成功するために許される動機の数は、それほど多くないということを示している。

シャンポリオンが兄に連れられて出入りしていたサロンで、ナポレオンのエジプト遠征隊が持ち帰ったヒエログリフを目にしたのは11才の時だった。見せたのは数学者のフーリエで、彼はシャンポリオンにそこに刻まれた文字がまだ誰にも読まれていないことを教えた。
シャンポリオンが独創的だったのは、ヒエログリフの一文字が、場面によっては、それが表意する単語の最初の音価を表すと解釈したことだった。グラフィカルな象形文字であるヒエログリフは、表音文字でもあったのである(ちょうど万葉仮名のように)。この発見にあたっては、彼がそれまでに学んでいたコプト語(古代エジプト語)の知識が役に立った。
11才でヒエログリフの解読を決めた日から、19才で大学教授になるまでに彼がマスターした言語は十数ヶ国語にのぼっていた。

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