桜島
広陵の中村が一本目のホームランを放ったときはフェリーの乗船待ちの車の中でラジオを聞いていた。
午前なのに日は高く上っている。日の光を遮る雲も今日はほとんどない。ゲートの近くで車の誘導をしているおじさんの顔が潮に焼かれたような褐色をしている。
昨夜城山の展望台から見たときから、山の頂きには雲のように見える白いかたまりがあった。山はとても静かで動いている気配がまるでないから、海の方から漂ってきてときどき頂上に捉まる雲と見分けがつかない。
それでも船に乗って島に近づくあいだ息子はずっと「怖いよ〜」と泣き真似を繰り返していた。お道化た口調の中に隠れた子どもらしい怖れ。こちらは「住んでいる人もいるんだから大丈夫だよ」と大人の話し方をするのだけど、ふと、夜中に自転車のスポークに巣を張っている蜘蛛もいるよな、などと思うと密かに足のすくむ思いもする。
幸い桜島もそれを浮かばせている淡い青色の内海も、眠っているかのように静かだった。そしてこの日は、空にも切れ端のような雲以外には何もなかった。今目の前に広がっている空がそのまま四国の上を覆い成層圏を通って、関空の椰子の木の下で待ってくれている妻のお母さんとつながっていた。