三十代最後に日に書くような事じゃない、セコイこと。
例えば二十年前に自分に巣食っていた性根を思い出して、我ながら変わったなと思う変化の一つは、自我の危機を感じる状況についてだ。今では人がどのような能力を持ち、どのような地位にいて、どのような交友関係の中にいるのか、ということはほとんど気にならなくなった(二十年前はそのようなことで自分は危機に陥っていた)。人生もキャリアも半分を過ぎて、一人の人間の一生分の活動量についての見通しがついたこともあるし、正直大したことのない人(失礼!)が立派な肩書をつけている事例に慣れ過ぎたということもある。けれども一番の要因は、たぶん尊敬する人の種類が変わってきたことだ。自身も苦しい立場にいるに違いない人からもたらされる、思いもよらない寛容。自分の心に負荷をかけて削り出したとしか思えないようないたわりの言葉。地位や肩書きとは無関係に、名もない人からもたらされるこれらの言葉を聞くと、その人の葛藤の心髄にふれたかのようなエロスを感じると同時に、少し焦りもする。人知れず大きな一段を克服したはずのその人の立場から、自分の言動は恥ずかしいものと映っていなかっただろうかと。せめて自分が受けた感銘をなるべく言葉にしてその人に返したいと思うが、これがとても難しい。
昨日、二人の友人と会う機会があった。長年付き合ってきた友人だが、彼ら同志は二十年ぶりの再会というシチュエーションで、それぞれに好きだし尊敬できるところをもつ僕としては、そのところを互いに紹介したいと思った。こいつはこんなことで頑張ってきたんだよ、ということを、素直に、かといってベタな文脈でもなく、どのように話に組み込めるだろう、とかなり集中して頭を絞って臨んだのだが、ことはうまく運ばなかった。というより僕の振りに煽られるようにヒートアップし、同一化記号が乱れ飛ぶ残念な展開になってしまった。僕の采配が下手くそだったのもあるだろう。僕だって見栄の一つがないとも言わない。それでも時折叫び出したくなった、「オレが尊敬しているのは、お前らのそんなところじゃない!」
友人と会ってこれだけ凹んだのも久しぶりで帰っても寝られず、起きてから数時間、妻に話を聞いてもらって、最後に聞いた言葉でやっと我に返った。「○さん、『オレこれだけ頑張ったよ』ってお母さんに言えないもんね」。全然愛が足りないのだ。美しいところだけ都合よく愛して、その人の全体を認められていない。
四十代はそういうところを目指していくのかもしれない。言葉にすれば、人を好きだという気持ちを大切にしていくこと。まだ暴れるときは暴れるけどね。