五ヶ月かけて読み進めてきた数学の本を八月の後半に終えてから、新味を求めて英単語を覚えていた。『究極の英単語 SVL Vol.4』という単語集で、レベルとしては(恐らくは語彙の範囲が定まっている)TOEICや英字新聞の報道記事には余り出てこないが、オピニオン系の記事には頻出、小説をすらすら読もうとするとまだ足りない、といった語群だと思う。この辺りだと、既知の単語からの類推が効きやすいものが増える反面、同義語が積み重なってくるのでその整理に頭を悩まされる。例えばこの本で言うと、キリスト教圏の語彙(牧師、教会)の他に、
大災害、大変動: havoc, catastrophy, upheaval, apocalypse, cataclysm
部隊: brigade, squadron, platoon, battalion, legion
追い払う: dispel, disperse, eject, oust, expulsion, deport, depose, expatriate
要塞: fortress, stronghold, bastion, citadel
妨げる、障害: hamper, preclude, impediment, deterrent, impede, snag
和らげる、鎮める: mitigate, placate, quash, appease, quell, abate, allay, pacify, quench
などの同義語がある。
言葉が、有象無象の地表に国境線を引き、色を塗る(意味を与える)ものだとすると、これらの語彙にこれだけの細かい塗り分けがされているのは、そのまま英語圏の世界観の表れであるのかもしれず、さまざまの「災害」に対しては「要塞」や「部隊」を設けて「追い払い」、内なる「障害」には「鎮める」ことで対処するという、マッチョな精神性が垣間見えて面白い。
初見の単語については、異なる言語が一対一に対応することはないことを踏まえつつ、こんなところで語源を調べたり、こんなところで多くの用例を見たりしながら、無理やりにでも一つの語義に絞ってしまうと、頭に入りやすいと思う。
dispel(一掃する), disperse(追い散らす), eject(退場させる), oust(追い出す), expulsion(排出), deport(退去させる), depose(退位させる), expatriate(国外追放する)
主にラテン語の接辞で構成された言葉には、そのまま漢字の組合せを当てれば済むことが多く(intravenous(静脈内) = inter(内) + vein(静脈))、英語と日本語との間の統語的な対称性があると言えるが、これは言わば経線、緯線に沿って国境線を引くようなものであって余り興味をそそられない。学んでいて面白いと思うのは、この対称性から外れた語、例えば、
regulatory(正常になるように規制する), pertinent(核心に関連した), accrue(当然の結果として生じる), conjure(魔法を使って出す), putative(一般的に信じられている), moot(議論の余地がある)
のような言葉の方で、これらは、英語においては素数(一単語)であるのに、日本語においては合成数(複数の単語)によってしか表現できない。逆に「流石に」という(島の形のように)精妙な日本語は、日英辞典にあるように"as one would expect"と複数語を使って定義してもそのニュアンスは表現しきれないわけで、このように他の言語では単語としてなりたたない言葉の中に、その言語特有の豊かなイメージが色濃く流れていると思う。