窓の外のベランダの手すりから鳥の趾で引っ掻いたような金属質が音が響いた、と思ったら、事務所の部屋が急に暗くなって雨が降り出した。ベランダのコンクリートは大きな雨粒の打つ斑紋であっという間に黒くなって、スピーカーから流れていた平均律クラヴィーア曲集BWV 853の前奏曲が雨音に混じって聞きづらくなった。部屋の明かりを消して窓を開けると、向かいの高校でドタバタと備品を片づける高校生たちのざわめきと雨の匂いとが一気に吹き込んでくる。南側の雲の下に、まだ太陽の光を残した明るい地面があるが、雨を含んだ空気の層が瞬く間に広がって丘の上の家は濃い緑の中に煙っていた。まもなくして、幼稚園の子どもたちが恐れるかみなりさんが高いところで太鼓を鳴らし始めた。天気図を見ると関東の各地でけっこうな雨を降らしているようだ。
息子を連れて眼科へ向かっていた妻からメールが入った。今日は目の検査の日で、昼過ぎに幼稚園へ息子を迎えに行き、小田急線で中央林間を目指していたのだが、線路が冠水して電車が長後で止まってしまったらしい。眼科医をやっている妹が紹介してくれた病院で息子が遠視と診断され眼鏡をかけ始めたのが三月で、これが二回目の検査だから二ヶ月に一回くらい早退きして通っていることになる。大阪で僕の同窓会があり、翌朝ホテルで妻から電話をもらって初めて眼鏡をかけて登園したのを知ったから、デビューの日付のことは記憶に残っていた。靴を履く前に、ちょっと待ってと言って部屋の鏡の前に立ち、口を一文字に結びなおして出陣していった勇姿は、妻の中に忘れがたい印象を残したらしかった。息子はそのことを家で口にしなかったが、その日のうちに早速女の子に眼鏡を引きはがされて泣いてしまったと、後に先生から聞いた。他の園児にとっても、メガネ第一号はそれほど衝撃的だったのだ。男の先生がそれからしばらく伊達メガネをかけてくれて、その事にはとても感謝しているのだけどお礼はまだ言えていない。
そんなことを思い出したのも雨の連想だったことに気づき、思い出は空の中に隠されていたのかも知れない、と思うと急にこの惑星が美しく思えた。パソコンの音楽は雷雨の音にかき消されていたが、バッハの曲だって録音室やコンサートホールよりもこの雑音を喜んでいるような気がした。この惑星で生まれた音楽だもの。