「父ちゃん!ちょっと来て!」玄関に出ると、母ちゃんに東京タワーの絵を書いてもらった頭陀袋一杯のジャガイモを抱えた息子が立っている。幼稚園の畑にできたジャガイモを、土を掘って自分で収穫してきたのだ。形の揃わない大小のジャガイモは、艶々した薄茶色の皮にまだいくらか土が残っている。「葉っぱを引っ張ると取れるんだよ!」妻がすぐに皮をむき、潰して焼いて団子を作りお皿に並べる。それに醤油をつけて食べると、美味い!
バアバが夕飯のおかずを届けに来てくれると聞いて、息子はバアバとジイジにもあげるんだと、大きめの玉を選んで洗面所で洗い始める。こびり付いた土を落とそうと、自分の歯ブラシを持ち出してきて母ちゃんに止められる。指でこすってピカピカになったイモを、ビニール袋とセロハンテープで包装する。バアバとジイジの分が出来た。そうだ、○○ちゃん(僕の妹)と▲▲君(妹の夫)にも二つあげよう。それに、今日遊びに来てくれる☆☆ちゃんとママにも二つ。明日来てくれる□□君と、土曜日に来る●●君、△△ちゃんにも…。立派なものから選んで取っていくから、袋の中身がどんどん小ぶりになって、妻は「あの袋、目のつかんところに置いといたらんと、土曜までもたへんで」
昨日の深夜、妻のお母さんから携帯にメールがあったそうだ。年金の書類を眺めていたら、ふと七十五才になった自分の生活を想像してしまったらしい。女だてらに二十から六十九まで働いてきて、今さら誰に甘えるつもりもない。それでも五万の額面から、介護保険やらなんやら引かれて支払われる雀の涙の年金。さすがにその年まで働けないだろうし、とあれこれ考えていたら寝れなくなってしまって、そんな頭で徒然に綴ったらしき文面の最後に「○ーちゃん(僕)、○○ちゃん(妻)、○○○(息子)、○ー○(義妹の夫)、○○子(義妹)、○○(甥)にとって明日が良い一日となりますように」と。そんなことを知ってか知らずか、今日息子は窓の前に立って、外に降る雨を見ながら「おばあちゃんに、台風が、来るけど、大丈夫ですか?って手紙書こう」。幾万の人々の上に注ぐ初夏の雨。