三ヶ月掛かりの仕事が完成した。妻が寝てからビールを買ってきて、録画してあった『お早う』を見る。
まだそれほど普及していなかった「テレビ」をモチーフにした、昭和三十年代の親子と、地域の人々を描いたコメディー。この頃はまだ、赤い革ジャンにスカーフを巻いた二十歳そこそこのお姉ちゃんだって「うちは構いませんわ、ちっとも」なんてお洒落な言葉遣いをしていたことは、映画でなきゃわからないよね。家の主人たちは、未知のメディアがもたらすであろう害毒について戦々恐々。酒を酌み交わしながらの「一億総白痴化の元だ」、「あんまり世の中便利になると、かえって」なんて議論を聞いていると、つい最近もあちこちで耳にしたぞと苦笑い。それにしても相変わらず精密機械のように設計された脚本と、優美な演出、手触りがあって艶やかな比類のない絵作り。交番でうどんを啜る警官はゴッホの『郵便配達人』のように重厚だし、駅で若い男女が無駄話をしながら見上げる東京の青空はデルフト派が描く北海の風景画のように澄み渡っている。知り合いにフェルメールの全作品を見て回ることライフワークにしている人間がいるが、それなら僕はテレビでぽつぽつ放映される小津作品を見ながら年をとっていきたい。昔の日本を知りたいという動機。そんなの両親と、亡くなった祖父母が生きた時代に手を触れたいからに決まっている。
さあ、明日からしばらく数学でもして新しいアイデアがやって来るのを待つ。カレンダーにない暦のスタート。