同窓会への出席も兼ねて実家へ帰る妻を見送るために新横浜へ。家を出る前に妻に呼び止められて冷蔵庫の中を確認させられる。チャーハン、肉と野菜の炒め物、親子丼、ハヤシライス、トマトソースとパスタ、ご飯を冷凍したパック。伊予柑と林檎が小分けに剥かれたデザートまである。感動だ〜。「これでかなりもつと思うけど、足りんかったら自分で買ってきてな」。チャーハンと果物を使って、新幹線の中で食べるためのミニ弁当も作ったらしい。ママのために作った映画やソフトのDVDなど、慌ただしく詰め込んでから出かける。外は快晴。横浜でトイレに行っている間に、横浜線が出てしまって、秘かに計画していたらしい喫茶の時間がなくなったことにしばらくむくれていたが、僕がバッハの曲に変な歌詞を付けて歌っていたら機嫌を直してくれたようだ。新幹線の改札前で10分ほど話してから別れる。どうせ3日後には会えるのだから、遠距離の時のような悲壮感はない。余裕をもって別れられる今の幸せに感謝の気持ちが生まれてくる。でも、「じゃあね」と言ってからは絶対にお互いをふり返らない。突然思い立ってラーメン博物館へ行ってみることにする。北口は9年前に来た時よりもかなり開発が進んでいる。というより、キュービックプラザという以前にはなかった巨大な駅ビルが出来上がっていて、いかにもJRの基幹駅らしい外観になっていた。高架をわたってオフィス街に降り、少し迷ってから到着。目指すはもちろん支那そばやが入っている地下一階だ。階段ホールに原節子の古風なポスターが貼ってある。店に入って驚いたのは店内がとても空いていたことだ。僕が入った時には、テーブル席に若者グループが一組と、カウンターに一人客のおじさんが二、三人。それが一人帰って二人帰って、結局最後は僕だけになってしまった。一人で外食するのが苦手な僕としては空いてくれているに越したことはないけれど、この人出の激変ぶりには隔世の感がある。以前一緒に来た友達は当時職を探していたはずだから、あの時も平日の午後だったと思うのだが。頼んだのは醤油らぁ麺ではなく、呼び子さんに薦められた塩らぁ麺と、佐野実謹製と謳われていた白式部というワンタン。正直前の醤油の味には及ばない気もしたけど、それは昔の僕がブームに浮かされていた分もあったのだろうか。そうは言ってもこってりやがっつりといった、人がラーメンに求める欲望の中心をあえて外すような上品なスープと麺の繊細さはさすがだった。食べていると携帯に、意外に込んでいてお手製弁当を食べるのが恥ずかしいだとか、富士山が大きく見えるだとか(画像付き)、誘惑に負けて抹茶アイスを買ってしまったとかのメールが次々に入る。僕も負けじと店内に貼られた佐野実ポスターや、ラーメンの画像を送る。おかげで随分と楽しく昼食を終えられた。帰りぎわ寄った売店にはもうあの、義憤と暴力とラーメンへ情熱に充ち溢れた愛すべき『佐野実自伝』は置かれていないようだった。友達と腹を抱えながら立ち読みしたのが懐かしい。代わりに醤油らぁ麺を二食買って帰る。帰ってきたら一緒に食べよう。