竹原慎二似の店長は和歌山の出身だった。他のボーイが客と冗談を言い合い始めるような時間になっても彼はずっと集中して店内で生じる微妙な空気の変化に目を光らせているようだった。笑福亭鶴瓶に似た客が友人にちょっかいを出して友人が応じようとした時、調理場から肩一つ分乗り出した間合いから、鋭い目つきで事の動向を見守っていた彼の横顔の表情を僕はずっと観察していた。鶴瓶若い女にしなだれかかりながら店を出ていき、これから峠に行くんだという二十歳くらいの若者が酒をあおったまま飛び出していって、残った客が僕らだけになると、冷蔵庫からブルーチーズを取り出してきてカウンター席に並んで座った。友人が勧めるワインで酔いが回ったまま故郷の港やKing Crimsonについて話をした。友人も僕も相当酔っぱらった。腹に拳を入れ合って打撃力を競うような児戯があった後僕は3つ分のスツールに横たわって寝ていたのだった。
無愛想な自分を友人は本当に色々な人に会わせてくれる。自分には初対面の人間に対して出せるものがないので、それが贖いになるのかどうか分からないまま、向こうから分け与えられた関心や思い出の破片をできるだけ長く保存しようと努める心の働きがある(そういうものは本当は酔興の中に放り投げてしまうのが礼儀なのかもしれない)。15才の時上京する新幹線の中から見たという富士は今でも山頂に向かって吹雪を吹き上げている。時を経るにつれこの映像は生々しいくらいの桃色に色づいていく。