京都、深い淵

御所を横目に見ながら京都盆地の暑さの中を駆け足で会場に滑りこんだ(1分遅れ、OUT)。見回すと懐かしい面々、正装の列の中にドジョウ掬いが一人。プレゼン形式の結婚報告会→丸テーブルに囲んでの談笑→タクシーで移動して貸切の食堂で二次会→近くのバーでクールダウン、の流れの中でみんなそれぞれに違うことを感じていただろう。自分はあの時ああ感じたのにどうして素直に言葉にならなかったのだろう。言葉を貰った時、どうして投げ返さなかったのか。自分が感じた幸せをあそこにいたそれぞれにバカデカい人間たちに返したかった。興奮を引きずりながらも、積年の片想いの気分で夜道を帰った。妻にはその波が翌日に襲っていた。
翌日は宝ヶ池で昼食、松ヶ崎から大学まで歩く、という少々趣味の悪いコースを通ってリハビリ。大学生がガキ面なのにびっくりした。でもよく考えてみれば、今なら自分も構内をバイクで走り回って教授に怒られるようなことは絶対にしない。それだけ年をとったのだ。自分の昔のことを想像すると懐かしくなるというよりは訳もなく不快だった。それでも、あの大学に行って良かった。