クローゼットを開けて妻が何やら仕分けをしている。
これは、おばあちゃんの十三回忌に着て行った服。最後の仕事や~って言って。
これは、あなたのお母さんに貰った服。たしかはんなちゃんと色違い。
これは、あの子と良く出かけた服。ポケットのところ、小さいあの子に破られた。

眠れない夜の葛藤の中で見つけたヒント。自分がどれだけ多くのことを恐れて生きているか。それが数において、他の人たちの悩みの多さに匹敵しているか。自分の様々な苦しみは人生を真っ当に生きるための良いバランサーなのではないかということ。苦しみを受け入れる試みにおいて、呼吸に集中することが入口にある、ということ。
大阪で朝を迎えた。最上階のレストランは感染対策でバイキングが中止になっていてちょっとガッカリ。大阪らしいホテルマンの窓外の解説に膝を打ち、天王山は秀吉が陣を構えた山、と教えてくれる。
10時30分にチェックアウト。売店ではGOTO地域振興券を使い、絵葉書とペン、拡大鏡(光学実験にでも使うのか?)を買う。
前日、明日の観光どうしようかとなって和歌山のおばあちゃんの案を出したのは息子の方だった。乗換案内を調べるとどうしても無理があり、絵葉書に二人でメッセージを書いてホテルのそばのポストに入れておくことにする。
タクシーで向かった歴史博物館でデート。難波宮から出土した精巧なデザインの瓦や埴輪に「これ本当に7世紀?」などと驚いているけど、これが「『歴史好きの息子にために親が出した提案』に乗ったふりをして付き合ってくれている」図なのだということは分かっているから、宮廷の女官に「Fergusonの肘!」だの「バックハンドブロー!」だのやってバカな親ははしゃいでいた。人の見ていないところでね。ここの売店では余った振興券で従弟用に真田幸村のフィギュア、自分用には直江兼続を選んで、「スガ様!」と笑っていた。
帰りの新幹線、京都に差しかかる辺りで、マップを見ながら「ほらほら」。見ると現在地を示す円の中心に「山崎」とある。
駅に着くと妻とジローが迎えに来てくれていた。

RIZIN. 25の会場・大阪城ホールから、宿をとった帝国ホテルまでの道のりは項垂れながら歩いた。往路はタクシーで乗りつけた道をなぜ歩いて帰ることになったのか、今となっては思い出せない。メインイベントに組まれていたタイトルマッチで贔屓の選手が負けてしまったからだろうか。
全ての試合が終わった午後8時。昼間はどこまでも高くジェット機の機影が光っていた秋の空も闇に沈み、賑やかだった大阪城公園の観光客も大方捌けていた。ビルやお堀の間を通る風は肌寒くはあったけど、火照った体に夜気の冷たさは心地よかった。下を向いてホテルを探す気もない僕からスマホを奪い、マップを見て「こっち」。足取りはどことなく格闘家風に風を切るようでもある。そんな息子との時間を一分でも長く延長したかったのかもしれない。
「今度の未来の試合、しょうと行ってきたら?」
という妻の提案を真に受けて、息子と二人大阪まで来てしまった。去年の年末にYoutubeでその存在を知ってから、17才も年下の若者に夢中になった。少年院上がり、地下格闘技出身の28才。総合格闘家兼Youtuber。45才の一児の父がハマっていると公言するには気が引ける肩書きだけれど、虜になってからはそんなこともそっちのけで家族や友人に知らせてまわった。
「格闘家がぼったくりバーに潜入したら…」
「弟の朝倉海も格闘家で…」
思い返せばうちらが今の愛犬を飼うようになったのも、仔犬を買いに行く動画を家族で見て「かわいい!」となったのがきっかけだったし、息子が自らYoutubeを始めて動画を投稿するようになったのも、STAY HOMEのさ中、冒険的な数々の企画をメンバーが楽しんでいる姿に遊び心を触発されたからだった。僕と息子との年齢差は34才、ということは朝倉未来と息子との差も17才。父親の言うことを斜に構えて聞くようになった少年を勇気づけ導いてくれる模範的存在のありがたさ。
少年院上がりの人間に対してあえて「模範的」という言葉を使ったけど、どのような社会でも彼のような存在を公に「模範的」と認めることはないだろう。いわんや逆境に耐えながら一芸に粉骨砕身、規範を外さず、成功してなお人間臭い葛藤を表に出さないことが美徳とされる日本では、性格の偏りも「愛らしい」範囲にとどまる限りにおいて愛されるのであって、彼のようにナマの全人格をペルソナに表出させつつ世に打って出る人間はアンチヒーローにならざるを得ない。けれどもそのことが、社会の抑圧されたある層、個人の中に忘れられていた無意識の層に熱を呼び、Youtubeという裏の世界のスターになった。昔、松本人志が『遺書』を書いて何百万部も売ったけど、当時の一般メディアも、彼の才能や技より物議の方をよく取り上げていたように思う。全盛期の松ちゃんもまた技芸を超えた全人格をもって君臨するアンチヒーローだった。
アンチヒーローというものを改めて考えてみると、必ずしも反社会的ということではないと思う。メディアが掛け値なく持ち上げる大谷翔平藤井聡太のような存在にはもちろん多くのファンがいるけど、彼らのケチのつけようのない活躍ぶりを淋しさを感じながら眺めている人たちの存在も社会の片側にはあり、そこからの声は普段は聞こえてこない。社会の中での位置取りおいて、野球と将棋には重なるところがある。長い歴史と、上昇のための道が整備されていること、頂きに殿堂のあること。つまりは良い子のみんなにも安心してお勧めできる公認の競争社会であるということだが、言うまでもなく日本には、それとは比べ物にならないスケールの競争社会(というより社会イメージそのもの)がある。学歴社会と格差社会は公認の、というよりは自明過ぎて暗黙ですらある競争社会であり、誰もそのことを忘れることはできないのだけど、大谷や藤井の存在が東大卒や富裕層のような嫌味を感じさせないのは、彼らが「ボクは野球しか(将棋しか)できません」という顔をしてくれているからで、そのことによって彼らは卓越性を許されて、野球ファンや将棋ファンだけでなく、受験生やサラリーマンの模範にもなりえている。そう、競争社会の階段を上ることをあらかじめ動機づけられている人間にとっては。
学歴社会、格差社会の全体性というのは、競争に挫折したものだけでなく、初めから競争に参加する意志も環境もなかった者にさえ負け組の意識を強いるということで、その中で使われる反社会的という言葉には、競争の埒外の態度・振舞いを含んでいこうとする恐ろしいところがある。だってヒドいと思わないか?反社会的という語に限らず、発達障害という言葉も、非正規という言葉も今や同じ文脈で使われて、それに該当しない者の無意識も含めて不安と恐怖で圧殺しているのではないか。もちろん黒ずくめのストリート・ラグジュアリー(っていうのかな?)とか街での喧嘩とか、いわゆる「非行」的な面での浅はかな模倣もあるけれど、記号としての反逆イメージだけを売りにした有名人はこれまでにも数えきれないほど出ていた。朝倉未来インパクトはそういう表面上の波紋よりもっと深いところで響いていると思う。尾崎豊の本質が「盗んだバイク」や「校舎の窓ガラス」にあるのでなかったのと同じように。
僕は個人的に、100の質問の中で「怖いもの」を聞かれ「永遠に続くもの・こと」と答える彼の感性、浮気はしないと公言し、恋愛相談に対して「信じることは許すこと、裏切られてもいいと思えること、つまりは愛すること」と言えてしまう彼の人格が好きだ。日本で有名人としてある人間にとってこういう考えを真顔で表明するための厳しい条件を考えると一層感動してしまう。人生や恋愛といった大文字の項目について語ることを許さない、語ったとしても自虐性のあるユーモアに包まざるを得ない社会からの圧力。さらに公認の競争社会の道が整備されているということは、それだけ徒弟性に近い上下関係の中での修業期間を経るということだから、そこに自己抑制の頸木が加わる。僕が松本人志との類縁性にこだわるのは、そうすることで二人に共通するバックグラウンドが見えてくる気がするからだ。豊橋-尼崎というエリートの集まらない(治安のよろしくない)地方の出身であること、気が強く愛情のある母親、そしてサディスティックなまでに強権的な父親。つまりはカラマーゾフ的な背景。抑圧を突き破る人格を生むには神話的な布置が必要なのだろうか。たとえそれが当人を深い淵へ追いやる宿命を帯びるにしても。
もう一つ好きなシーンがある。「育て方を間違ってたのかな」、「私がいけなかったのかな」と振りかえる母親に対して、何も言い返さなかった彼。暴力的な感情を握りしめ、下を向き、沈黙を守った彼の表情。朝倉未来から夢を貰っている者たちは皆このような経験をもっている。人に夢を与える仕事の、負の焦点としての沈黙。

コロナ禍で夏にできなかった旅行をこの年末にしようという話が出て、そのことで不機嫌になっていた。
三人にとって初めての船旅行。名古屋から仙台までのフェリーなのだが、宿泊する客室について息子が「もっと豪華な部屋がいい」と言う。
僕はそれは贅沢じゃないかと思う。
船が大好きな息子の希望で、初めて湾の中を周遊するだけの遊覧船でない船に乗ることになった。初め、東京湾から南の島に向かう『さるびあ丸』みたいな船が候補に上ったが、全長118mの船では東京湾クルーズの船と大して変わらないと却下された。国内のフェリー航路や就航するフェリー船のスペックやらとにらめっこしながら彼が導き出したのは、神奈川の人間が名古屋から仙台まで船に乗るというヘンテコなルート。名古屋にも仙台にもそこにフェリー乗り場があるという以外直接の用はない訳だが、行き来の新幹線代はかかる、ホテルの宿泊代もかかる。元々の彼の本命は2月に乗客に感染者が出て話題になったダイヤモンドプリンセスのような豪華客船だったから、彼の方でも妥協はしたのだろうけど、親としては密閉された船内での感染も心配だし、初の船旅で船酔いもどの程度のものか未知数だ。あれこれの懸念が重なって負担感が募っていたのかもしれない。
「うーん」と唸って考え込むフリをしてその場では何も言わなかった。相手の言動が不条理と感じられるときは相手の心理に理解が達していないことが多いし、不用意な発言は避けたほうがいい。
どうして船に乗るだけでは満足してくれないのだろう、「豪華な」客室を望むのだろう。
「うーん」と妻もまた唸ってから、時間をおいてこんなことを言った。
「よくわからないけど私が思い出すのはあの子が描いてきた絵のことかな。一年生の頃から何百枚も船の絵を描いてきたけど、豪華客船の設計図には必ずうちら三人のための豪華なスイートルームを書き込んで、豪華なベッドも用意してくれたじゃない?あの子にとって『豪華』というのは…」
「分かった、ありがとう」
A4の紙を30枚ほどもセロテープで貼り合わせた巨大な客船の絵が浮かび上がる。船の絵だけではない。町の絵を描く時にも、画用紙二枚分にわたる大きな町にタワマンや低層階マンションや一軒家を何十棟も書き込んで、この町のどの家に住んでみたいかをしつこく聞かれた。建物を決めると、何階のどの部屋がいいかと聞かれる。
低層階は部屋が広いよ、高層階は眺めがいいよ。山側は星が見えるよ、海側は船が見えるよ。
それからマンションの間取り図にとりかかる。そこには必ず三人の為の大きな部屋と大きなベッドが書き込まれていた。どこからどう見ても豪華なマンションであり豪華な部屋だったけど、それを贅沢と思ったことはない。
お金を出すことができないとすぐに贅沢だと言われてしまうけど、我儘が言いたいのではないし、大人が考える豪遊をしたいわけでもない。宇宙船に乗って宇宙旅行をしたいという願望は贅沢だろうか。船に一番詳しい立場から家族にその世界を紹介したいという心意気が、子どもっぽい要求の陰に隠れていることを知る。
年末、彼は僕らを船内の隅から隅まで案内したあと、甲板に出て冬の太平洋の風を一番前で受けるだろう。

ゆたぽん帽子、「似合う似合う」ってみんなに言われたから明日の学校にも被っていこうかな?
カヌーはね、後ろのオレがリーダーなのにNinaが聞いてくれなかった。K平は言うことを聞かないK音に水をかけてやったって。
夜は11時頃まで起きていた。M斗がトイレに立ったから自分も行った。
「K平、布団がずれてるね」と言って二人で笑った。
父ちゃん、行きにベランダに出てたでしょう?バスから見えたよ。
あ~楽しかったなぁ。明日の学校も西湖だよね(笑)
ジローはどうだった?寂しそうだった?
    うん。夜はとても静かで、お前の声もなく、開けた窓から虫の声が聞こえた。