前にも一度書いたことがある、インド出身の方と結婚した妻の会社の友人の話。おととしの冬、彼女の家で開かれた、旦那さんがインド料理をふるまってくれるというパーティーに呼ばれて妻が出かけていった。僕は行かなかったのだが、夫がインド料理が好きだという話をすると、その日ふるまわれた全ての料理を少しずつタッパーに詰めて手土産として持たせてくれた。定番のチキンカレー、ホウレンソウカレーに始まって、複雑なスパイスが効いた豆カレーにいたる色とりどりのカレーに、ナンと数種類のチャパティー、プーリー。自分にTataのビジター用レストランで取ったバイキング形式の食事を生々しく思い出させてくれた、日本のインド料理店では滅多にお目にかかれないローカルな御馳走に僕は感動し、同時にその玄人はだしの腕前に感心してしまったのだった。「これなら店開けそうだよね」と、妻と無責任に頷きあっていたのがつい昨日のことのように思い出す。
あれから一年ちょっと。その彼がなんと本当に料理店をオープンしてしまった。ネパール出身の友人と組んで、インド・ネパール料理の専門店を。年始、しばらく連絡をとっていなかった妻が久しぶりにメールを出すとそんな知らせが返ってきたという。今年になっての営業開始でまだ開店ほやほやだそうだ。
そんなわけで早速本日会社帰りの妻と試食の旅に行ってきた。駅からは歩いて1分の最高の立地。店の前に立つと、店員として働く夫婦の姿がガラスに映っている。学園祭で知り合いのブースをのぞくような、嬉し恥ずかしさ。僕らが入った時間は、7時半頃で、店内は適度に空いていたがしばらくすると次々にお客さんが入りテーブルが埋まっていった。開店当初は知り合いの訪問が多かったそうだ。中にはもう3回も来ている友人もいるらしい。僕らにとって意外だったのは、シェフはあの旦那さんではなく、プロとしてのかなりの経験を積んだベテランの方が務めているということ。お土産で貰ったものよりさらにおいしいカレーが食べられるということなのか。
僕らが注文した品目をあげると、メインがチキンカレーとサグパニール(ホウレンソウとチーズのカレー)、モモ(ネパール餃子)、サラダとしてライタ(ヨーグルト風味のサラダ)とグリーンサラダ。カレーはナンでいただき、飲み物はマンゴーラッシーを頼んだ。お味の方は…、また何度も通ってほかのメニューも試したいと思うほどウマかった!特に、モモは日本では余り知られておらず注文しそびれてしまいそうな一品だけに、是非強調しておきたい。独特のソース(名前を聞いたが忘れてしまった)と、包みからこぼれるラー油(状のエキス)の辛味の組み合わせが最高だった。グリーンサラダも野菜の種類自体はオーソドックスながらドレッシングに深みのあるスパイスが効いていて食べ応えがある。初めに出されたこのモモとサラダで少食な僕らは腹五分目くらいまで達してしまって、注文しすぎたか、と一瞬顔を見合せて焦るシーンもあったがメインのカレーが期待通りのウマさだったので杞憂に終わった。カレーは0カラから3カラまで好みの辛さに調整してもらうことができる。僕らは二人ともセーブ気味に、「普通よりちょっと辛い」レベルの1カラを頼んだが、それでもやっぱり結構辛かった。ただインド料理にとっては、このひと口目を食べて「本当にこの辛さで食いきれるのか?」と不安になるくらいの辛さがちょうど良い按配なのだろう。辛いといっても、激辛スナックのような一次元的なの辛さではなく、何種類ものスパイスが調合された広がりのある辛さで飽きることがないし、何より人間の本能に直接響くようなこの辛さが、食べるという行為に祝祭的なpunctuationを刻んでくれる気がするのだ。少なくとも、インド料理を非日常として楽しんでいる今の僕たちや、食べることが唯一と言っていい希望だった遊学期の僕にとって、インド料理とはそのような存在だった。今日もハンカチを片手に滴る汗を拭きながら食べ終えてみると、部活の後のような爽快さに包まれている自分に気がついた。この充実感はなかなか他の料理では味わうことができないものだと思う。
enterpriseに打って出る人々は周りの人間にも勇気を与えてくれる。開店直後というということもあって睡眠もろくにとれない多忙さだ、と聞くとちょっと心配になってしまったけど、独立事業とはとかくそのようなものなのだろう。厨房の中と外で威勢良くよく連携しながら接客している姿からは、彼ら自身が本当に学園祭のような心の弾みを感じながら仕事をしている様子が伝わってきた。僕らは当面、そこから自分たちの仕事や生活への元気を分け与えてもらえばいい。いつかこちらからも何かを返せることを夢見て。バイクの運転だけはくれぐれも気を付けてね。
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