バド・パウエルの芸術
I'll remember April / Bud Powell
仕事中ヘッドホンから流れてきたこの曲に堪らなくなって外へ出ると、外の空気は去年の今とまったく同じだった。肌をなでる風の冷たさ、雨を吸い込んだ地面の色、雨が滴る音。何から何まで去年と全く同じ秋の日。今日は朝から少し感覚がおかしかった。空気のかたまりの中にぶつかっていくと、大気を満たす粒子が相対運動で冷たいサッシの網戸を通過するようにそのまま僕の体を通り抜けていった。メーターパネルに反射する街路樹の黒い影、白い雲、前を走るトラックの背面の模様が高速撮影みたいに体内の銀板を感光させていた。こういう時には今ここにしかないこの時間を必死に取り込もうとするのだけどそんな努力はいつも5分も続かない。ついこの間終わった夏が始まったばかりの6月のこと、去年の同じ季節に思い出していたことなどの想起が止まらなくなって、今という時からはオーラがどんどん剥がれ落ちていく。結局僕は今年が去年を参照し去年がその前を参照するあの循環の中に戻ってきてしまう。この無限の参照はどこまで遡るのだろう。夏が終わるときの愛すべき季節の変わり目がもはや去年の焼き直しでしかないというある種の喪失感は中学の頃から感じていたような気がする。目の前にあるのはいつもの平凡な秋でしかない。この痛々しい繰り返しの中を季節もこの曲も疾風のように通過する。