仕事のことや会社で見かける人間について書こうと思って、大量の下書きを書き散らしながら集中して考えてたんだけど、自分の考え方を逐一検証して整理していくうちに、こんなことを書いても誰も喜ばないし不毛なだけだという気がしてきてやめにした。でも書く前に溜まってた鬱憤は、概念整理によって少なくとも一時的にはほとんど解消していた。不安や不満にさいなまれた時、愚痴や自己正当化よりももう少しましな療法でそれらと付き合っていこうと思うなら、まずは自己とそれをとりまく状況を解剖者の視点で徹底的に理解しようとするしかないと思う。
その意味では、僕にはまだこの社会がどのように自分を作ってきたかについてもう少しましな見識を得る必要は残っている。あの鬱憤はまた僕の中に帰ってくるはずだから。
(別に誰かに嫌な目に会わされたということではない。仕事でかかわる人のほとんどは人の良い無害な人たちで、会社はその民度の高さを誇っていいと思うくらい。それでも時々そんな彼らの消毒されたmodestさに自分でも嫌になるくらいイライラしてしまうことがあるのです。その原因について考えていました。)