運動会。閉会式が引けたあとの校庭に、親と子どもが入り混じった吹きだまりがいくつか出来ている。一つの輪の中に、同級のSちゃんが妻を見つけてカラんでいた。大人の首にかかったネックレスを指で弄りながら、
「ねぇ、知ってる?〇ねぇ、リレーの選手になれなかったとき、凄く落ち込んでたんだよ」
もう一ヵ月前になるのかと思う。息子がリレーの選手から落選したときのことは、具体的な言葉のやり取りも、心に浮かんだ感想も、今はぼんやりとして、忘れかけていたことに気づく。というより、早く忘れたかったのかもしれない。人の心の中で、生きている限りはずっと燃えている炎を信じてあげることができずに、「また練習をすれば…」とか、恐らくそんなつまらないことを言った。それが違う、ということだけは言った直後にもはっきりと分かった。自分の中から出る言葉に自信が持てなくなり、考えを練り直すための反省材料として当時の出来事は消費されてしまっていた。妻も僕と似たような悔いを感じていたのかもしれない。「あの子に『悔しい』と言わせてあげられなかった」と顔をしかめて悔いていたから。
そうか、やっぱり悔しかったんだ。けれども、親の中の青二才が目に見えていたから、彼は「あ~、そう言えば今日、」と、あっさりとした事務的な口調で話を始めたのだと思う。情けない話だけど彼の戦略は結果、正しかった。

言葉は、今度は自然に出てきた。最後の校歌斉唱の指揮を、壇上からやり遂げたばかりのSちゃんのオーラにも助けられた。みんなの中の炎に触れて自然に舞った言葉だから、これでいいのだと妻は思った。
「そうなんだ~。Sちゃんから『来年ガンバれ!』って言ってあげて」
ややあって、親を見つけた息子が輪の中に入ってくる。
「ねぇ、〇。今〇のママから言われたんだけどね、『来年ガンバれ!』だって」
テメェ~~ッ!!